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目を潤ませながらも、これ以上ないくらい優しい口調で裕子さんに言った。
「僕も、ヒロちゃんを忘れたことはなかったよ」
昭三さんの言葉を聞き、その目を見た裕子さんは、感情のすべてが堰をきったようで涙があふれ出した。もう立っていられないのか、ゆっくりと膝をつき、声を上げている。
おれは心配で駆け寄った。裕子さんの泣き声は止まらない。大丈夫ですか、と声をかけると、小さく震えながら、紙片をおれに渡した。
それは時代を示すような、少し黄ばんだ白黒写真だった。肩を並べる男女が写っている。
レンズを睨み付けるように、緊張した面もちの坊主頭の少年と、三つ編みにもんぺ姿の恥ずかしそうな顔をした、清楚で可愛らしい少女だった。
この少年には見覚えがある。
いや、忘れるはずがない。
裕子さんから依頼を受けた時に見せてもらった、少年時代の昭三さんだ。
ならば三つ編みの少女は、裕子さんだろうか。
それを確認したく顔を上げると、涙ぐんだ昭三さんが顎を一度引いた。
やはり昭三さんも、二人が写った写真を大事に持っていたのだ。
言葉に出来ない感動が、おれの胸を震わせた。七十年もの間、同じ思いの二人が、同じ写真を大切に持っていたのだ。
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