ⅩⅤ

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   真理子はさすがに現役の大学生だ。意味が分かるようで涙ぐんでいた。  ちんぷんかんぷんなのは、角児と頼子だろう。小さな声で真理子に尋ねている。それから納得したようで、二人は大きくうなずいた。  指輪の代わりのブーケの交換が終わって、最後の儀式だ。 「それでは、誓いのキスをお願いします」  昭三さんは軽くあごを引いた後、優しく裕子さんのベールをめくった。  思いを確かめあうように、見つめる二人。  そして昭三さんが顔を近づけた。おれは裕子さんのおでこか頬に、口をつけるものだと思っていたのだが、二人の本気を見た。  昭三さんはゆっくりと、裕子さんに口を重ねたのだ。裕子さんも当然のように、それを受けていた。  二人は抱きあうことなく、口びるだけで繋がっている。  好きあっていたのに、結ばれず。会いたかったけど会えずにいた。  その長い空白を埋めるかのように、二人の口づけはいつまでも続いた。  おれは泣いた。頼子も真理子も泣いている。角児までもが泣いていた。  その時、いきなり病室が明るくなった。隠れていた太陽が現れた。空を被っていた雲たちが一斉に道を開けて、二人を祝福するかのように、光を届けてくれたのだ。  輝きに包まれた二人が微笑んだ。  一瞬。おれは目をこする。  昭三さんが坊主頭の少年に、裕子さんが三つ編みの少女に見えたのだ。  そう、七十年前の二人に。  おれは大きく息を吸い込んで、心の中で呟いた。 (良かったね、裕子さん。  長い間、待った甲斐があったね)    おれは一生忘れないだろう。  光あふれる、二人の笑顔を。   
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