第1章

58/66
4063人が本棚に入れています
本棚に追加
/66ページ
俺よりと同じくらいの年齢に見える助産師はにっこりと微笑んだ。 それから彼女は 「申し訳ないんですけどそのまま診察まで大丈夫ですか?」 尋ねてくる。 「はい。もちろんです」 俺が答えると 「では、こちらに」 中を掌で差し それと同時に 「お荷物お預かりしますね」 タクシー会社の制服を着ているおっさんからボストンバッグを受け取った。 おっさんは全ての任務を終えたかのような表情で 「それでは私はこれで……」 頭を下げる。 そんなおっさんに俺は 「すみません。もう少しだけここで待っていてもらえますか?」 声を掛けた。 「え?」 不思議そうに首を傾げるおっさん。 「すぐに戻ってきますので、お願いします」 「……はぁ……分かりました」 おっさんが頷いたのを確認してから俺はもう一度軽く頭を下げ 数歩前を歩く助産師の後に続いた。 診察室と書かれたプレートが下がる部屋に入り 「こちらにお願いします」 助産師に指示された椅子の上に美桜をおろす。 「これから内診をさせていただきます。大変申し訳ないのですが、しばらくお待ちいただけますか」 「分かりました」 病院に着いたことで安心したのか 痛みが引いているからなのか 美桜の表情は穏やかなもので 笑みすら浮かんでいる。 そんな美桜の額にキスを落とす。 「れ……蓮さん!?」 背後から、美桜の焦った声と 小さな笑い声が聞こえて来たけど 俺は敢えて気付かないフリをして診察室を出た。 前に置いてあるソファの前を素通りし 俺が向かったのは夜間通用口。 歩きながら財布を取りだし いつも財布に入れている小さめの封筒と札を抜き出す。 封筒に3つ折りにした札を入れ それをポケットに入れる。 夜間通用口のドアの傍に置かれている椅子に座っていた タクシーの運転手のおっさんは 俺の気配に気付いた瞬間 弾かれた様に立ち上がった。 そんなおっさんに近付き 目の前で足を止めた俺は 「今日は本当にありがとうございました」 感謝の気持ちを込めて頭を下げた。 「いえ、私は何もしておりませんので……」 「あなたがいてくださって本当に助かりました。これは、ほんの気持ちです」 そう言って差し出したのはさっき準備した小さな封筒。 「い……いえ、受け取れません!!」 年の功とでもいうべきか 封筒に視線を向けただけで中身が何かを判断したらしい
/66ページ

最初のコメントを投稿しよう!