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「ヒールが高いヤツは危ねぇーから止めた方がいい。
表情や雰囲気だけじゃなくて口調まで柔らかくなった蓮さんの声が心地よく耳に響く。
すんなりと耳から入ってきた言葉は
「うん、分かった」
私を素直に頷かせた。
つい今しがたコケそうになってしまった私が、蓮さんの意見に反論なんて出来る筈が無かった。
本心を言えば、ヒールの高い靴が私の定番。
だけど、もしさっきみたいに何かの拍子にバランスを崩してしまったら。
さっきはタイミングよく蓮さんが助けてくれたからよかったけど。
――もし、助けてくれる人がいなかったら……。
――もし、コケてお腹を打ったら……。
――もし、赤ちゃんに何かあったら……。
そこまで考えて私は急に怖くなった。
「どうした?」
蓮さんが私の顔を覗き込んでくる。
「ううん、ごめん。今度からもっと気を付ける」
「あぁ」
蓮さんの表情が一層柔らかくなった。
低い身長が何気にコンプレックスで
それを隠す為にヒールの高い靴を履くようになった。
そして気が付いた。
ほんの少し身長が高くなるだけで見える世界が全く違う事に。
蓮さんと出逢ってから
私が選ぶ靴のヒールはより一層高くなった。
蓮さんがいつも見ている世界を私も見たかったから。
それは、私なりの拘りだったはずなのに
いとも簡単にその拘りを手放せるとは思っていなかった。
それだけ、私にとってお腹の中の赤ちゃんは大切な存在なんだと思う。
ついこの間まで、生むかどうかを悩んでいたのに……。
今では、かけがえのない存在になっている。
私でもこんな感情を抱く事ができたんだ。
改めてその存在の大切さを私は実感した。
「行くか」
蓮さんの言葉に
「うん」
私は頷く。
そして、私は持っている中で一番ヒールの低いサンダルを履き蓮さんと手を繋いで家を出た。
◆◆◆◆◆
すっかり見慣れた景色を眺めながら私は微かな緊張感を覚えていた。
運転席に座る蓮さんは今日休日にも関わらずグレーのスーツを着ている。
私はと言えば
『一応、ケジメだからピシっとした格好で行く』
という意見を瞬時に却下されてしまった所為でシンプルなワンピース姿。
この日の為にクリーニングに出し準備万端だったスーツは妊娠する前に蓮さんに買って貰ったもの。
淡い桜色のそれは蓮さんが色に一目惚れして買ってくれた。
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