第1章

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大人っぽいデザインのスーツは着るだけで私でさえも大人に見せてくれるとても優秀なスーツなのに着る機会がなくてずっとクローゼットで眠っていた。 漸く活躍する機会が来たと張り切って準備していたのに それを見た瞬間、蓮さんは、眉間に皺を刻んだ。 「おい、美桜」 「な……なに?」 その時の私は嫌な予感しかしなかった。 「まさかそのスーツを着て行こうとか思ってねぇーよな?」 「……いや、普通に思っていますけど。なにか?」 敢えて強気で出た私は 「なにか?じゃねぇーよ。ダメに決まってんだろ」 本職蓮さんの凄みに瞬殺されてしまい 「……なんでよ!?」 超ビビリな一面を晒す羽目になった。 「なんでってこんなに身体を締め付ける服なんて着たら気持ち悪くなるだろうが」 「全然、大丈夫」 「その根拠のねぇー自信はどこから発生して来るんた?」 「こ……根拠ならあるし」 「一応聞いてやるから言ってみろ」 「今日は体調がいいから大丈夫な自信がある」 「……」 「……」 「……却下だな」 蓮さんは『聞いた俺が馬鹿だった』と言わんばかりに大きな溜め息を吐いた。 「いや、本当に大丈夫だから」 「全然、大丈夫じゃねぇーよ」 「はぁ!?」 「なぁ美桜。昨日の夜から今日の朝までにベッドとトイレ何回往復した?」 「……」 「ほとんど寝てねぇーんだから、もしキツイなら日を改めてもいいんたぞ?」 ゆっくりと伸びてきた大きな手が優しい手付きで私の頭を撫でる。 「寝てないのは蓮さんだって一緒じゃん」 私の妊娠が分かってからというもの蓮さんはずっと寝不足だ。 その理由は簡単。 私が起きている間は蓮さんも絶対に起きているから。 起きている時も 寝ている時も 関係なく襲ってくる吐き気と頭痛と倦怠感。 これは病気じゃないって分かってはいるけど結構キツイ。 でも、私以上に蓮さんがキツイと思う。 私は、24時間いつでも体調が落ち着いているときを見計らって休むことができる。 だけど仕事に行かないといけない蓮さんはそれができない。 夜は私が吐き気や頭痛と戦っている間、甲斐甲斐しく看病してくれる。 背中を擦ってくれたり 痛む頭を冷やしてくれたり 飲み物や軽食を準備してくれたり 献身的な介護をしている所為で、当然の如く蓮さんには寝ている暇がない。 私以上に蓮さんの身体の限界が近いと思う。 だから少しでも休んで欲しくて
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