第1章

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『大丈夫だから、少し休んで』 その言葉だって何度も……何十回も言った。 だけど、蓮さんが聞き入れてくれることはなかった。 「俺はあんまり寝なくても大丈夫な体質なんだ」 「そんな体質とかあるの?」 「あぁ。 ショートスリーパーつって少しの睡眠でいいらしい」 「へぇ?。なんか可哀想な体質だね」 「可哀想?」 「うん。私なんかずっと寝ていたいんだけど」 「お前は間違いなくロングスイーパーだな」 「ロング……あぁ、なるほど。そうだね。ロングだね」 「因みに俺はショートだ」 「それって本当に?」 「あぁ」 「蓮さんが?」 「あぁ」 「20代後半に突入したのに?」 「……」 「体力的にも衰えてくるお年頃なのに?」 「……」 「体力の回復にも時間が掛かるのに?」 「……ケンカ売ってんのか?」 「と……とんでもない」 やばい!! また、閻魔大王を降臨させるところだった。 「……まぁ、俺にできる事なんて限られてるけどな」 蓮さんが呟くように言ったその言葉の意味を私は咄嗟に理解する事ができなかった。 「……?」 「苦しんでいるお前と変わってやる事もできなければ」 「……」 「その苦しみを分かち合う事もできねぇ」 「……」 「かと言って、楽にしてやることもできねぇ」 「……」 「苦しむお前の傍で、俺にできる事なんてほとんどない」 「……」 「でも、なんかしたいって気持ちはすげぇある」 「……」 「寝不足なんてお前の苦しさに比べたらなんでもない」 「……」 「だから、お前は何も気にしなくていい」 「……蓮さん」 「そのくらい、俺にさせてくれ」 蓮さんの言いたいことが分かるような分からないような……。 ううん……言いたいことは分かる。 分からないのは、蓮さんがどんな心境でこんな事を言ったのかだけ……。 私は車に乗ってからも流れる景色を視界に映しながらそれを考えていた。 しばらくの間、私は考えていた。 だけど、その答えを見つける事はできず 次第に思考は道筋を逸れて行った。 当然、行き着くのはこれからのこと。 お父さんと綾さんへの結婚と妊娠の報告。 いろんなパターンを脳内でシュミレーションした結果 「もし反対されたらどうしよう」 思わず呟いてしまった言葉。 その小さな声でさえも 「なにを反対されるんだ?」 蓮さんが聞き逃すことはない。 「『結婚はダメだ!!』とか」
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