第1章

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五月二日  棘のような春の光が教室の約半分の机と生徒を突き刺している。世界史担当教師の高山が少し高い鼻声で、教科書を読み上げた。 「え? この時代はおもに……」  この教師は嫌いだ。世界史も嫌い。この二つがセットメニューとして目の前のテーブルに置かれれば、私の出来ることはもはや寝るか、外の風景に意識を集中するしかない。  だから私はこうして窓の奥にある名前も知らない木に、力強く生えた葉の枚数を数えるという数ある暇潰しの中で最低ランクの荒業に挑むしかなかった。 「……ぞ……レイン……花園レイン。聞いてるのか? 今は授業中だ。前を向きなさい」  私を嫌いな人間が、私の名前を教室一面に響かせる。興味がないことを全面的に出しているつもりはない。少しよそ見をしていた程度でこんな言われようだ。私が彼の全てを嫌うように、彼も私のことが恐らく嫌いなのだろう。  そう思った。  そうでなければ、バランスがたまらなく気持ち悪い。  全身にまとわりつくような、苛立ちを含んだその声で、自分の名前を何度も呼ぶその行為に、一枚の桜の花ビラ程度の殺意を覚えた。 「花園レインっ 返事をしなさい」 「なんですか?」 「なんですかじゃないだろ。今は授業中だ。さっきから外ばかり見ているようだが、窓から見える景色をスケッチでもしてるのか? 残念だが今は美術の授業じゃない。世界史の時間だ」 周りからクスクスと遠慮がちな笑い声と囁きが混ざり合う。  うんざりだ。  本当にもううんざりする。  我慢の蓋がパカッと外れる音が聞こえた。 「現在この空間で行われていることが、授業として成立していると本気で思っているんですか? 高山先生」 「……どういう意味だ」 「先ほど読み上げた223ページの三行目、1640年からと先生は言いましたが、1640年までが正解です。この間違いではまるで意味が違ってきます。そもそも先生は間違いが多すぎです。何年も同じ授業を繰り返しているのに、未だに教科書を丸暗記すらしていない。先生が私達に本気で世界史を教えようとしているとは思えません」 「……先生だって人間だ。間違いぐらいする。そんなに……」 「まだ私の話は終わってません。つまり私が言いたいのは……」    
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