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「そんなもの?」
ルルが緑色の瞳をしばたかせ天井を覗く。木目の走った、電球のつり下がった天井。シンクの蛇口からは定期的に水滴が落ち、壁に掛かった鳩時計はというと、午後の三時を指し示している。
僕が今日の夕食の献立について訊ねると、彼女は眉間に皺を寄せてひとつふたつ唸り、イタズラっぽく笑った。
「“キュウリ以外”」と短く言った。
☆ ☆ ☆
僕が彼女を拾ったのは今からちょうど三ヶ月前だ。
春の麗らかなこれ以上ないよき日。ワープアな僕が自殺を決意し、地元の山深くへ入ったところで見つけたのが彼女だった。
彼女は沢のほとりで――浅い川だったにも拘わらず――一人すいすいと泳いでいた。当然僕はひっくり返るほど驚いた、が、慌ててまあこの辺りは割に田舎だからと思い直す。早速河辺によって声を掛けた。
「何してるんですか?」
「泳いでるの」
それは見ればわかった。でも春の麗らかなこれ以上ないよき日とは言え若干寒そうだ。僕はそれについても訊ねてみた。
「寒くないですか?」
「それは寒いよ」
「上がりますか?」
「うん、上がる」
彼女は泳ぐのを止めてすっくと立ち、結果僕の瞳に星が巡った。彼女はなんの服も着ていない。
「服ありますか?」
「ないよ」
「じゃあこれ着ますか?」
僕は重ね着していた上のTシャツを急いで脱ぎ、彼女に差し出してみた。すると彼女はひとつ溜め息を吐き、至極残念そうな顔をした。
「でも濡れたまま着たら気持ち悪いし……」
僕は重ね着していた下のロンTを脱ぎ、静かに差し出した。
「じゃあこれで拭きますか?」
「ありがとう。それを待ってたの」
すると彼女はたちまちにして微笑み、静かに川を出て僕の隣に立った。そこで僕は彼女の瞳が緑色なことに気付いた。彼女は僕のロンTで腰まである漆黒の長髪を乱雑に拭き、それから僕のTシャツを着た。彼女はとても小さかったので、それだけで小さめのワンピースを着ている風になった。僕が濡れたロンTにまた袖を通していると、とてもすっきりした風の彼女が訊ねた。
「で、君こそこんなところで何してるの?」
「僕? あの、話せば長くなるんですけど、職場のパン屋の給料が少ないのがいやになったので死のうかなと……」
「ふーんでも死んじゃダメよ。あなたのおうちはどこ? パンがあるなら食べたいけど……、ある?」
「あ、パンは沢山あります。朝ご飯と昼ご飯に必ずパンが出るから」
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