7人が本棚に入れています
本棚に追加
「そう。じゃあ行こう」
彼女は僕の腕を掴み、素足のまま川縁を歩いていく。小石やら木屑やら踏みつけているのに全く痛くなさそうだ。僕はそこで閃き、彼女へと訊ねた。
「ねえ、君はもしかしてカッ」
彼女が突然振り返ってにっこりと微笑んだかと思うと、強烈なローキックを僕にお見舞いした。ついで痛みに屈んだ僕の顎に触れながら彼女の言うことには、
「あなたそれ以上言ったらわたしがあなたを殺すわよ。わたしの頭のどこが禿げてるって言うの? まあ狐とか狸とか言われるよりはマシだけどね?」
僕はもちろん押し黙った。僕は彼女に殺されたくなかったからだ。でもこれはちょっと矛盾だ。何故なら僕はこの山に死ぬ為に入ったのだ。そして彼女に殺されるのも自殺するのもそこまで変わらないように思う。すると僕は何やら心変わりでもしたのかな? きっかけは彼女かな?
僕は前を行く彼女がまた川に飛び込んで去っていく様を想像してみた。するとそれは、なんだかとても悲しいことのように思えた。
僕達はのんびりと帰路を歩き、夕方には僕の借りている築六十年の木造風呂なし・家賃七千円のボロアパートへ着いた。中へ入れると彼女は嬉々として手を広げ、「とてもいいところじゃない」と言った。満足げに万年床へ腰を下ろし、僕秘蔵のコレクション・漫画本だらけの本棚を眺めた。僕はその間にいつかの縁日に買ったおもちゃの手錠を取り出すと、彼女の手にしっかりとはめた。彼女は暫くの間それをじっと眺めていたが、ややあって僕に質問した。
「なに、これ?」
僕は頷いて説明した。
「うん、これは君が逃げないようにです。君に逃げられると僕自殺する訳だけれどもうやっぱり死にたくない。でも君が逃げると僕死んじゃう。そんなのって僕あんまりだと思うんですよね。初めから同じ結末を迎えるなら少なくとも君はあの時あそこにいるべきじゃなかった。これは事実じゃないかなと。あと、ついでと言ったらあれだけどもしよかったら僕と結婚してくれませんか? 僕月給十万円しかないんだけど、君のご飯代くらいは用意出来るし……」
「ふーん」
彼女はまたも何かを考えるように視線を走らせていたが、やがてにっこりと笑んだ。
最初のコメントを投稿しよう!