□「月下美刃。」

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   1.  クビになったわけじゃないけど、あたしが今のバイトを辞めたきっかけは、男のせい。しつこくID聞いてきて、ほんと嫌になるわ。なんてね、ピンクのタバコくわえながら、お月様と睨めっこですよ。死ね。何が「君にも問題がある!」よ。あたしはそんなチャラチャラしてないから。確かに、ギャルみたいな化粧で、人から見たら華美な格好してるかも知れないけど、男漁りに仕事してたわけじゃないのに。ほんと、頭の堅い人と頭の弱い人って、見た目でしか人を評価しないんだね。って言っても、所詮は負け犬の遠吠えか。つら。  早く仕事探さなきゃー、なんてぼんやり考えながら飲むビールは、あんまり美味しくない。もうぬるくなってるし、炭酸も抜けてきて、当たり前っちゃ当たり前ね。でも貧乏性だから、捨てるのも何かイヤ。もう居酒屋なんかで働かないって決めても、お酒は手離せない。アルコールの魔力が強すぎて、だから、子供の内は飲んじゃいけなかったのかなーなんて思ったり。仄かな苦味が残る唇を舐めて、あたしはふと目を閉じた。  一人で生きていくのって、やっぱり難しい。家を出てから、久々に身に染みてる。親の存在は偉大だ。だからって、帰りたいとは思わない。  あー、次何やろ。選んでる余裕なんてないよね。現実を見て、意気消沈。ちゃんと勉強しとけば良かったな。そんな、今更な後悔。軽い酔いが見せる過去を小さな呻きで掻き消して、顔を上げる。ベランダから仰ぐ月は、ほんの少し大きく見えた。灰皿にタバコ押し付けて残り火を消すと、爆ぜた火の粉は星みたいに散らばって、ほんのり漂っていた薔薇の香りと一緒に、どこかに消えてなくなった。まずいビールも飲み干す。はい、愚痴終わり!  片付けて、寝よ。職安行くの久し振りだなーくらいの楽観視くらいは許してよね。返すべき借金はちゃんと返すから。間接照明だけが灯る薄暗い部屋に戻ると、スピーカーから流れる音楽は少しだけ大きく聴こえた。曲を変えよう。気分は、スローテンポのジャズが良いな。マウスを操る手は慣れていた。実家じゃパソコンなんて使わなかったのにね。求めていた音色が流れ出すと、何だろ、まだ飲み足りない。そんな気がする。するだけだよ?  意志の弱さを露呈する様で悪いけど、冷凍庫から冷えたロックグラスとジャック・ダニエルを持ち出すあたしを、どうか、今夜は見逃して。なんて、誰に言ってるんだろ───。
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