副題:男「殴ってみます」

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深夜/路地裏 女「殴ってみます?」 男「……」  この子は何を言っているのだろう。  この子を目的としてやってきた俺は、だというのにそんな疑問を抑えられなかった。  殴られ屋。  その名の通り、殴られることでお金を貰う。因果といえばまったく、たしかに因果な商売だ。  しかもこんな年端もいかない女の子が、伊達や酔狂で始める商売ではあるまい。 男(あぁ……そうか) 男(伊達や酔狂で始められる商売じゃない) 男(てことは彼女は本気ってことじゃないか。覚悟とか、準備とか、しなくちゃいけないことを済ませているんだ) 男(だったらいいじゃないか、殴っても)  それはまぁ、滅茶苦茶な理屈だ。自分でも分かっている。  けれど。誰でもいいから殴りたい。  歯止めが効かなくなった衝動を抑えつけられない。そもそも抑えつけるつもりがない。  だから俺は彼女の言葉に頷いた。 男「いくらだい?」 女「首から上は1万円。首から下は5千円。蹴りはプラス3千円ですが、あまりオススメできません。アナタが思っているほどの爽快感はないからです」 男「そうか」 女「はい。それで、どうします?」 男「実は殴られ屋(キミ)の相場を知らなくてね。予算はあんまりないんだ」 女「ではまずは上に1発ということでどうでしょう?」 男「うん、そうだね。そうしよう」 女「お金は前払いになります」 男「じゃあこれ」 女「毎度ありです。あぁ、それからひとつ」 男「うん?」 女「殴る、蹴るといった行為以外はオプションでして。オプションにも含まれていない行為に及ぼうとした場合は反撃後逃走致しますのでご了承下さい」 男「逃走ですか」 女「逃走です。この近辺の交番への最短距離及び警察巡回ルートは把握しておりますので、あしからず」 男「まぁ殴れるならなんでもいいよ」 女「ご理解が早くて助かります。それではどうぞお殴りください」 男「……」  少女の無表情な顔に狙いを定める。  左目に眼帯を巻いた少女の顔は、はっきり言って不気味だ。  左半分が焼かれて溶けた人形のように赤黒く変色していて、醜く歪んでいる。  対して右側はほとんど傷がない。  肌は白く、長い睫毛と切れ長な目。瞳は綺麗な漆黒で吸い込まれそうになる。  その目は真っ直ぐに俺を見る。  何かを見透かすように。何も見てないように、ぼんやりと。しっかりと。
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