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それがヤケに癪に障って。
俺は利き手ではない、左の拳を振り上げた。
女「……あぐっ!!」
男「うくっ!」
力任せに振り抜いた拳は少女の顔の左半分、頬骨に命中した。
勢い余って転びそうになった俺は、慌てて拳を開いて叩きつけるように地面に突き出し、クッションにした。
ズキリと左手に痛みが走る。体重を支えたのも原因であろうが、おそらくはその前に少女を殴ったのが原因だ。
当たり前だけれど、頬骨は固い。固い分、殴った方も殴られた方も痛いのだ。
けれど、俺の眼前には拳の痛みなど忘れてしまうほどの物があった。
女「……ぃたい」
男「あ……え?」
少女が泣いていたのだ。
今しがた俺に殴られた右の頬を手で押さえ、怯えたような目つきでこちらを見る。
男(なんだ、これ)
少女は殴られ屋ではなかったのか。
女「うぅ、うくぅ……」
男(なんなんだ)
殴られ屋は殴られる覚悟や準備を済ませているはずだ。
男(なんなんだよ、これ!)
それが今、目の前にいる彼女は。
「痛い……痛いよう、ひっぐ」
まるで何も知らない、無知で無垢な普通の少女のように。
男(なんなんだっ……どうして!!)
ああ、きっと俺はどうかしていたのだ。
いつからかは分からない。けれど、どこかで何かが狂いだしていたのだ。俺は普通ではなくなっていたのだ。そうに違いない。
そうじゃないとしたら、そうだとしなければ、俺は――――
―――― “どうしてこんなに笑っているんだ”
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