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身体を後ろに傾け、通と綱引きの如く停止する。不可解そうにしながら二の句が出なかった通は、喧騒の中で呟いた。勿論聞こえなかった。だが、なんとなく疑問だったのだと思う。
「行っちゃ、駄目……」
抵抗は弱々しくなって行く。根拠はない。ないのだけど、思うのだ。鼓動が早まって、暗がりに突き落とされる気分のまま通の目の奥を眺める。
「……分かった。じゃあ、どうする?」
身を寄せ、声が辛うじて聞こえる距離で通は言った。私に案はない。考えたのではなく、廊下に雪崩出る中に混ざるのが嫌だっただけで、不格好だからじゃなくて、気持ちが訴える。駄目で違う。勘が明言している。通の手を解き、まだ終わらぬ喧騒から外れた位置で私は囁く。
「分かんない……」
「勘……?」
「分かんないったら分かんないの。胸騒ぎがする……酷く、気分が悪くなる事がある気がする……だけ」
「良いよ、もうそれでも。逃げるにしてもなにから逃げるのか、何処に逃げるのか分かんないしね」
肩を竦め、嘆息した通。気を使ってくれているのが嫌にも分かる。優しさから来る配慮が感慨深く、緊張で引き吊っていただろう顔から力が抜けるのを感じた。廊下の喧騒が飛躍して、悲鳴が響く。私は顔を向ける。
「あ……」
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