一、池の主

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鎮痛な面持ちで、ほろりと涙を零した鯰を見て気の毒に思ったあやめは、力になれるかどうかは分からないが、取り敢えずやってみようと思った。 「あの、私で良ければ、滝を見て来るくらいなら……」 “ほ、本当で御座いますか!?有り難や、有り難や” ぱっと顔を上げ、嬉しそうに目を輝かせた鯰にもう一度頷き、彼女は池の向こうの崖に視線を投げた。 苔生した岩の隙間から、ちょろちょろと幾筋も流れ落ちる水が、木々の間を縫って射し込む陽光を反射して、キラキラと煌めいているのが見える。 あの岩場の上に、滝があるらしい。 “この道を戻って、突き当たりを右に折れれば、山に入って行けよう。後は道なりに登って行けば、一刻も歩かぬ内に、滝へ辿り着けるはずじゃ。頼んだぞ、娘御” 期待に満ちた鯰に送り出され、あやめは頷いて歩き出す。 言われた通り、戻って突き当たった道を右に折れ、鬱蒼とした森の中の一本道を只管道なりに歩いて行った。 道はやがて傾斜を見せ始め、段々とそれはきつくなって行き、時折登ったり下ったりしながらも、上へと続いている。 「け、結構、きつい、かも……」 息を切らせながら、それでも登って行くと、土より岩の方が多くなって来て、まだ遠いものの、微かにザアザアという滝の音らしきものが聞こえてきた。 そのうちそれは、ドウドウという大きな音に変わり、あやめに目的の場所が近いことを教えていた。 それにしても、滝があるはずなのに、その水が流れているはずの川は一本も見当たらない。 どうなっているのだろうと、首を傾げた彼女は、やがてその理由を知る事になる。 滝は、あった。 それなりに大きな滝で、切り立った岩の天辺から勢い良く流れ落ちている。 段々になった岩を登って行くと、滝の行き着く先は、深い淵の中だという事が分かった。 霧のように辺りに立ち込める飛沫を全身に浴びながら、滔々と流れる滝の終わりを覗き込むと、ゾッとする程深くて暗い。 そしてこの淵は、殆どが岩で出来ていた。 その為、岩の隙間を縫って水は四方八方へ広がり、主のいた池や、縦横に流れる幾筋もの川となって、森の外へ点在する村や里まで続いているのだ。 主が言っていた、地脈の良い気をこの滝壺が蓄えている、と言うのも、納得出来る気がする。 ここら辺一帯は、周囲の森も含め、とても清々しく、生命力に溢れていて、居心地の良い所だった。
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