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あやめは、妖絡みの出来事ならば枚挙に暇がなく、自身の命が危険に晒される事もしばしばあった。
そんな彼女の事を、誰よりも、一番に心配してくれるのがはちであることもまた、彼女は充分すぎるほどに分かっていた。
「でも、主様の命がかかってるし……分かってくれるわよ…ね」
森を守る主ならば、いた方が良いに決まっている。
あやめは彼にどう説しようかと、あれこれ考えながら、来た道を引き返し始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
拾ってきた槇を、ばらばらと家の前に置き、はちは中へ声をかける。
「おーい、あやめ。槇取って来たぞ!」
しかし、彼女からの返事はない。
「なんだ、出かけてんのか。変なもの、見つけてなきゃいいけど……」
舌打ちするものの、次の瞬間には、まあ良いかと思い直す。
この森にいるのは、ものの数にもならない脆弱な妖と、殆どの力を失い、最早消滅間際の小者が一匹だけ。
小さな妖達は、はちを恐れて皆、隠れてしまった。
残る池の小者も、消え行く運命に変わりはない。
地脈に育まれた濃厚な森の気は、はちとあやめの気配を隠す、良い目眩ましになってくれている。
お陰で、あやめが他の妖に目を付けられるのを、いつもよりは気に掛けなくて済むと、彼は警戒心を解き過ぎていた。
「さてと。先に山菜採って、それから魚だな」
次に自分が戻る頃には、あやめも戻っているだろう。
などと、割とのんびり構えていたはちは、すぐに後悔することになった。
今日の昼の分と、夜の分の山菜を採り終え、
「あれ?あいつ、この辺りに来たのか」
滝へ向かう一本道へ出た彼は、微かな残り香から、あやめがこの道を通った事を知った。
この森の濃厚過ぎる気配は、少なからずはちの感覚を鈍らせているが、それでも彼が、あやめの匂いを間違えるはずはない。
こんな方まで、何をしにきたのだろうか。
もしかして、自分を探しに来たとか?
などと考えていたのだが、すぐに何かが変だと気付き、まだ少し先にある、滝の方へ意識を集中してみると……。
「げ。あいつ、なんちゅー事を!」
一言呻いて狼の姿に変わり、疾風の如き速さではちは空を翔た。
先程見た時には、間違いなく機能していた滝壺の結界が、ものの見事に壊されていた。
十中八九、あやめの仕業だ。
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