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水底にある何かが、反射で光っているのだろうか……?
そう思ううちに、段々と霞がかかったように頭がぼんやりとして来る。
やがて視界も真っ暗になり、意識を手離したあやめが次に立っていたのは、小さな池の前だった。
「あれ?私……」
いつの間に、こんな所へ……?
木々に囲まれ鬱蒼とした中、漣一つ立たてず、ひっそりと水を湛えている池を呆然と見遣っていると、何処からともなく男の声が響いて来る。
“もし、そこな、娘御……もし”
警鐘が鳴り響く。
突然意識を失い、気が付けば見知らぬ場所にいて、計ったような間で男の声。
これは……この声は、人間ではないだろうと思われた。
音として発せられたものならば、聞き分けなどできなかっただろうが、頭の中に直接響くようなそれが、声の主の正体を知らしめている。
この声は、妖。
見てはいけない。
聞いてはいけない。
気づいたと覚られれば、知られてしまう。
自分には、妖が見えるのだと。
一刻も早く、ここから立ち去ろう。
そう思い、顔を上げた時だった。
池の縁からひょっこり顔を出し、こちらを見つめている、つぶらな二つの瞳とばっちり目が合ってしまった。
「え」
思わず声を漏らしたあやめに、その小さな生き物は、気付いて貰えたのが嬉しかったのか、ぴちょんと一度跳ね、全身を露わにした後、またひょっこりと顔だけ水面から出して、彼女の方へと視線を向けた。
“おお、やはり見えておるのか。嬉しや”
それは本当に嬉しそうに言うのだが、呆気にとられているあやめは、そんな事はそっちのけで、目を点にしたまま思わず呟いてしまった。
「泥鰌……?の、妖……?ちっさ!」
その呟きが余程気に入らなかったのか、泥鰌の妖はぴちぴちと盛んに跳ね、抗議するように鰭をぱたぱたさせながら、ぷんすかと捲し立てる。
“失礼な!泥鰌ではないわ!儂は歴とした鯰じゃ!今は故あって、このような姿に身を窶してはおるが、この池の主じゃぞ!”
「あ、そ、そうなんですか?それはどうも……すみませんでした」
小さいながらに、全身で怒りを表す鯰の剣幕に少し気圧されつつ謝ると、
“分かれば良いのじゃ”
と、それは偉そうに踏ん反り返った。
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