一、池の主

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水底にある何かが、反射で光っているのだろうか……? そう思ううちに、段々と霞がかかったように頭がぼんやりとして来る。 やがて視界も真っ暗になり、意識を手離したあやめが次に立っていたのは、小さな池の前だった。 「あれ?私……」 いつの間に、こんな所へ……? 木々に囲まれ鬱蒼とした中、漣一つ立たてず、ひっそりと水を湛えている池を呆然と見遣っていると、何処からともなく男の声が響いて来る。 “もし、そこな、娘御……もし” 警鐘が鳴り響く。 突然意識を失い、気が付けば見知らぬ場所にいて、計ったような間で男の声。 これは……この声は、人間ではないだろうと思われた。 音として発せられたものならば、聞き分けなどできなかっただろうが、頭の中に直接響くようなそれが、声の主の正体を知らしめている。 この声は、妖。 見てはいけない。 聞いてはいけない。 気づいたと覚られれば、知られてしまう。 自分には、妖が見えるのだと。 一刻も早く、ここから立ち去ろう。 そう思い、顔を上げた時だった。 池の縁からひょっこり顔を出し、こちらを見つめている、つぶらな二つの瞳とばっちり目が合ってしまった。 「え」 思わず声を漏らしたあやめに、その小さな生き物は、気付いて貰えたのが嬉しかったのか、ぴちょんと一度跳ね、全身を露わにした後、またひょっこりと顔だけ水面から出して、彼女の方へと視線を向けた。 “おお、やはり見えておるのか。嬉しや” それは本当に嬉しそうに言うのだが、呆気にとられているあやめは、そんな事はそっちのけで、目を点にしたまま思わず呟いてしまった。 「泥鰌……?の、妖……?ちっさ!」 その呟きが余程気に入らなかったのか、泥鰌の妖はぴちぴちと盛んに跳ね、抗議するように鰭をぱたぱたさせながら、ぷんすかと捲し立てる。 “失礼な!泥鰌ではないわ!儂は歴とした鯰じゃ!今は故あって、このような姿に身を窶してはおるが、この池の主じゃぞ!” 「あ、そ、そうなんですか?それはどうも……すみませんでした」 小さいながらに、全身で怒りを表す鯰の剣幕に少し気圧されつつ謝ると、 “分かれば良いのじゃ” と、それは偉そうに踏ん反り返った。
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