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僕とは対照的に先生のもっさんに対する態度は冷たかった。もっさんはキャンバスの前にじっとしていられなくて、周りの子にちょっかいを出す。デッサンをせずにいきなり油絵のチューブを擦りつけ、筆を使わずに指で自由に描き出した。
「いい加減にしなさい!」
温厚で優しかった先生も最後には堪忍袋の緒が切れたみたいだ。ある日いきなりもっさんに対して怒鳴り散らして、ついには破門にしてしまった。画材セットを持って、絵画教室を後にするもっさんはいつもと変わらない表情でケロリとしていた。
絵画教室に残された、中途半端な絵。その絵を眺めていた当時の僕は、彼がもの凄い才能を秘めていることに気が付かなかった。
もっさんが類まれなる才能を持つ男だと解ったのは、それから数年経った中学校の美術の授業でのことだった。
その日の授業の課題は名画の模写で、題材や画材は自由。決められた時間割りの中で決められたサイズの1枚の絵を完成させるという内容だった。
僕が選んだのはゴッホで、彼の作品でも有名なひまわりの絵に決めた。油絵だと乾くのに時間がかかるので、代わりにアクリル絵の具を使う。当時、絵の上手さで、クラスの中で僕の右に出るものはいなかったから、その時の僕は少し調子に乗っていた。
隣の席で、折り紙を広げているもっさんを見て、驚いた。
「もっさんの画材って、折り紙?」思わず声を荒げてしまった。
「うん、夏休みにさ、山下清展に行って来たんだ。そんで、それがすごくて。何がすごいって清の貼り絵がよ。全国を放浪して、色んな場所をスケッチして、家に帰ると作品を作ってたんだってさ。俺もやってみっかって思って。夏休み中、ずっと嵌ってたんさ」
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