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「名乗る? いやいや、いやいやいやいや、おじさん、普通は隠しておくものでしょ、そう言うのって。名乗ったりなんだり、そんな公にしたら、使えるものも使えなくなっちゃうじゃないか……まあ、でも、希少価値って言うのはわかるよ。うん、だから、おとなしく超能力、ってことにしておくよ」
「ふむふむ、とすると、自分から名乗って行っちゃう私は損をしているのかな……? まあ、でも、魔法を使って人の願いをかなえるのが、私の願いだからね……あはあはあはあは……よろしい、それじゃあ、三十秒間目を閉じていてくれ……なに、心配はいらない。不埒なことやら誘拐やらはしないさ」
「目を閉じるね……いいよ、わかった」
ぼくは言われた通りに、瞼を下ろした。視界が、当然のように暗くなる……だけれど、五秒もすると、それは暗闇ではなく、ほんのりと赤色の混じった光へと変わっていった。
瞼に流れる血液の色……それを、瞼を透過している光に交じって、眼球へと届く……水晶体が軋むような感覚……目を閉じると、感覚が鋭敏になる……視覚を補おうと、聴覚や触覚、嗅覚なんかが一倍に働いて……草の匂い、風の匂い、土の匂い……地面の感覚、夕日の光、風の当たる感覚……それらが、ぼくの神経を少しずつ冒してくる。
ふわふわと、思考が汚染されてくる。くらくらと、感覚が確立していく……実に、悪くない……実にいい気分だ……気分のよさが如実に伝わる……頭の中で、「あはあはあはあは……」と言う、おっさんの、特徴的な笑い声が響く……あはあは……は、は……
一つ、二つ、三つ……もう、三十秒たったのかな……それすらも、ぼくにはわからなくて……ああ、あはあは……気が遠くなっていく……どうするのだろう……どうすればいいのだろう……脳髄の中枢が麻痺したように……しびれて……動かなくて……しびれを切らしたように……ともすれば、びりびりと……細胞の一つ一つに、電気が染みこんでいくような気がした……つー、つーつー、と、電話のベルが……電話の切れたような音が響く……そう自覚して……途端に音が変わる……波の音……ぱしゃぱしゃ……ばしゃり、と、クジラが跳ねたような音が聞こえる……響く……ああ、あはあは……はは……
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