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「――実は、私は魔法使いなんだ。君に、魔法をかけてあげよう。何を望む?」
そう、ぼくに言ったのは、見知らぬ草臥れたおっさんだった。
疲れたような表情をしていて、よれた茶色の背広を着ている。紺色のネクタイが、絶妙に似合っていなくて、おまけに緩く曲がっている。
少し太めの体型で、あと二か月もすればベルトの穴関係で、きっと悩むことになるんだろうなぁ、と、ぼくに無用な心配を抱かせるような、出っ張ったお腹。
右手にはトランクケースを持っていて、左手には杖を持っている……いや、杖と言っても、いわゆる『魔法の杖』のようなものではなくて、持ち手がローマ字の『T』のような形をした、極々普通の杖だ。
柄の部分にはこげ茶色の皮が張ってあって、そのほかの部分は、主に木で出来ている……先端こそ、どうやらアルミかなにかで補強されているようだけれど、それは単に『擦り減らないように』と言う、職人の知恵なのだろう。
「……魔法って」
ぼくは言った。
おそらく、その声音には困惑と、ある程度の嘲り、馬鹿にしたような色が含まれていたと思う……いや、でも仕方ないだろう? いきなり、魔法とか魔法使いとか、そんな奇妙奇天烈、面白大百科なことを言われても、そんな反応をするのが関の山だ……なんて思う。
時刻は、夕方だった。放課後……学校が終わって、いつも通りの集団下校。そして、これまたいつも通り、その集団から最後に取り残された、一人ランドセルを背負って歩いているぼく……いや、はぶられているとかじゃなくて、単にぼくの家が一番遠いから、そうなってしまっているだけだ。
そんなぼくに、怪しくも話しかけている、平日の昼間に公園でブランコに座っていそうな、草臥れたおっさん……よくよく見れば、額も少し後退していて、もの悲しい。無精ひげが憐憫を誘う。ぼくもいつかはこんな大人になってしまうのだろうか……と、言う悲哀が胸の中に蓄積される。
おおよそ、それが現在のシチュエーションであった。とりあえず、不可解だったので整理してみたものの、より一層不可解が深まった気がしてならない。
なんだ、このおっさん。
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