魔法をかけて

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「いやはや、困惑しているね、少年……それも致し方ない」 おっさんは、実に楽しそうにそう言った。草臥れたおっさんではあるけれど、その眼……その瞳だけが、まるで大志を抱く少年のようにぎらぎらとしていて、気味が悪い。 少し脂ぎった感じのある顔が、笑みの形をとる……ううん? うん。 どうだろう、これは、もしかすると、いわゆる『ふしんしゃ』と言う奴なのではないだろうか……ふしんしゃ……不審な者、で、不審者、だったっけ。 なるほど、ともすれば、ぼくはこのまま一目散に、家へと逃げ帰って、そして母なり父なりに、このおっさんのことを報告して、ぼくや近隣の小学生の身を案じた両親の内どちらかが、学校へとこのおっさんのことを報告して、ぼくらに『不審者注意!!』のプリントが配られるわけか……なんだかこそばゆい。 うーん、と。どうしようか。ぼくはどうするべきなのだろう。単純に考えて、小学生程度の警戒心を有しているぼくは、このおっさんの戯れ言には耳を傾けず、家へと邁進するのが正しい道のりなのだろう。 だけれど、このおっさんを前にして、その判断が正しいのか、どうなのか……ぼくには少しばかり、疑問に思えた。 ……一応、念のため明言しておくけれど、それは別に『魔法』と言う魅惑の言葉に魅了されたわけではなく……なんと言えばいいのか、こんな言葉は実に遣いたくないんだけれど、いわゆる『勘』と言うやつだ。 小学生の勘、とでも言っておこうか……それに従えば、ここでおっさんの言葉に耳を傾けておくのは、なんら悪いことではないらしい……らしい、けれど……しかし、このキタラナシイおっさんと面と向かって言葉を交わすのは、少しばかりの勇気がいるように思えた。 田舎道だ。 周りには田んぼが並んでいて、名前も知れない草木が生えそろっている。当然のように、周りには、ぼくとおっさん以外の人間がいない。 だから、もしも万が一、ぼくがおっさんに危害を加えられても、どうにもならない。助けて、と叫んでもそれを聞いてくれる人はいないのだし、防犯ベルもこれでは役立たずだ。 まったく、そんなことなら日ごろから、同級生たちに交じって、早く走る練習とかしておけばよかったけれど、いわゆる『いんどあは』であるぼくは、教室での読書を習慣として位置付けていたので、体力の面では実に頼りない。
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