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「お坊様は、そんな若さで何故このような辛い旅を?」
旅人が尋ねるに、僧は恥ずかしそうに口を開いた。
「私は長く寺にいて、世間の事にうとく、何も知らぬ若輩だと知らされたのです。ですので、己の目で諸国を回り、見たかったのです」
純粋な目で言った僧を見る旅人の目は、ほんのわずかに暗いものがあった。
だが僧はそんな事には気づかずに、とても穏やかに微笑んだ。
「…旅は、どんな塩梅なんだ?」
「少し、辛い思いが多いです。戦に泣く人々や、飢えに苦しむ人々を見ました。私は無力で、何も持っていないのです。せめて、心より祈るよりほかには」
「そっか」
素っ気ない旅人が、スッと立ち上がる。そしておもむろに、着ていた衣服を全て脱ぎ出した。
それに慌てたのは僧だった。旅人の突然の行動に驚いたのだ。
「なにを?」
「何って、濡れたままだと冷えて死んじまうだろ。ここ、暖もないしな」
「あ…」
言われてみればその通りだ。
かくいう僧は、まだ濡れて重い衣服を着たままだ。
先に経をあげようと思って、旅人が来てすっかり忘れていたのだ。
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