第三十五話

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 私が目を覚ます前に感じたものは、上半身の重みと、誰かの体温だ。最初は煉君だと思った。しかし覚醒に連れて私の鼻に届いたのは、嗅ぎ慣れない匂いだった。そして目の前に飛び込んできたのは、寝息をたてて私の上で眠る柊先輩の無防備な寝顔だった。  勘違いしてもらっては困るので詳細に説明するが、一口に私の上といっても正確にはお腹の辺りだ。左腕で目元を覆って、右手は私の右半身から左半身、床へとだらんと伸ばしていた。胸には触れていないから問題はない。いや、そこじゃない。どうして柊先輩がここにいるのか、私にはわからなかった。  こうなる前のことを必死に思い出そうと頭をひねってみた。そうだ、確か花村さんの自宅を捜索しに行った。しかし肝心の部屋は荒らされた後で、めぼしい新情報は何もなかった。  その後で柊先輩が見ていたのは、一枚の写真だ。あれは誰だ? 「……っ!!」  冷静に順を追って思い出していると、急に吐き気を感じた。私は柊先輩をはねのけてしまわないように、慎重に布団から抜け出して洗面所に駈け出した。胃から苦い汁が口元まで上がってきて、その一方で動く気配がない。吐きそうで吐けない苦痛にさいなまれていると、あの残留思念が届いた。  ―迎えに来てくれるの?やっと会えるね!―  その心底嬉しそうに、弾んだ声を聞いた瞬間に、私は激しく嘔吐した。 「うああっ、は!」  その声が二階にまで響いたのか、様子を見に来た繭子さんが、私を見てすぐ寝室に引き返していく足音が聞こえた。おそらく柊を呼びに戻ったのだろう。その後すぐ、思った通り柊が階段を駆け下りてきた。 「瑠夢…大丈夫か!?」  そのあと私が落ち着くまで、そばにいて背中をさすってくれた。そんな感じで寝起きからあわただしく大変あった。その中でも柊先輩は眠ったまま起きなかった。すやすや寝ていた煉君でさえ起きたのに、ある意味すごいとしか言えない。それほど疲れていたのだろう。しかしそれが何に対してなのかまでは、明確に分からなかった。  嘔吐したことですっきりした私は、間隔をあけて朝食を摂ることにした。不摂生な柊のために、栄養管理士の資格を取得した、繭子さんの手料理は栄養のバランスがよく、見た目も色鮮やかであった。  柊先輩と専属契約を交わしてからなので、一か月ぶりの食事だ。ホテルとは異なる、心に沁み渡るような、優しい味だ。 「いただきます」
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