118人が本棚に入れています
本棚に追加
それよりわたしは、女性の側に立つ男の人に目を奪われていた。上層の風にたなびく白衣の袖が、天使の羽根のようだ。空に近い15メートルの高みで、やさしい笑顔を浮かべる男の人。
「来ないで、飛び降りるわよ!」
女性が叫んだ。野次馬がうるさいのに、頭上から降ってくる声は明瞭だ。
「落ち着いて、話しをしましょう」
男の人が微笑んで言った。 透明で穏やかな顔には、良く似合うメガネが笑顔の一部になってる。
うわっ、やさしさ成分100%の笑顔だ。わたしはメガネ白衣の男の人を知っている。その笑顔はわたしの心のキャンバスに、くっきりと焼きついているからだ。
「取り返しのつかないことをしたの、死ぬしかないのよ」
唇を震わせながら、女の人は必死の抵抗を試みる。
「待ってください、ちょっとだけ近づきますから」
そう断りながら、白衣の騎士が歩み寄る。煉瓦色のマンションに茜色の夕焼け、危うげな紅緋色の女の人。それと対比するような白衣の白が、わたしには救いに見えた。
最初のコメントを投稿しよう!