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「もしかしてハチは、香道の流派の家元なの?」
わたしの問いに、ハチが急に真顔になった。闇の調香師と言われた時もそうだった。やさしい瞳が、哀しみの色に染まるんだ。
「僕の家は……香道のような香りの表舞台を歩んで来ていない。八分儀の血筋は古代から、日本の影の歴史に受け継がれて来たんだ」
「八分儀の血筋……古代から……!?」
わたしは驚いて、ハチの言葉をなぞった。
「イロハは釈迦を知ってるかい?」
ハチが訊いた。
「お釈迦さま、だよね?」
「釈迦、名前をゴータマ・シッダールタという仏教の開祖だね。その釈迦が修行をして悟りを開いて、仏教を弘めたのは知ってるよね?」
わたしはうなずいた。
「その釈迦が悟りを開く前に、スジャータという女性から乳粥を恵んでもらい、それを飲んで菩提樹の下で悟りを開いたんだ」
お釈迦さまが悟りを開いたのは知ってるけど、乳粥や菩提樹は知らない。それとハチとどんな関係があるのだろうか?
「釈迦が悟りを開いた菩提樹はインドボダイジュで、黄色い花を咲かせてフローラルで甘く酩酊するような香りがするという。香りは瞑想に繋がると言ったよね。菩提樹の花の香りが、悟りを得るのを手伝ったのかもしれないが、実は女性が恵んだ乳粥が釈迦を悟りに導いたんだよ」
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