第1香 トップノート 6st.

7/11
前へ
/192ページ
次へ
「……辛かったんだね」  ハチが言った。そのメガネの奥で、瞳が潤んでいた。  ハチが泣くことないのに。そう思ったわたしの目からも、大粒の涙が零れ落ちた。両親がいなくなっても泣かなかったのに、なんで今更泣くのだろう。きっとこの場所が、暖かいからだ。ハチが暖かいからだ。わたしの中で凍っていた涙が、解けて落ちたんだ。 「きっと香りが癒してくれるよ」  ハチが香るように言った。  記憶のしこりが解けたからだろうか。わたしの《色香》が放たれて、またハチの香りが視えた。それは晴れた空に煌めく虹色のオーロラだった。わたしの名前と同じ七色の香りが、上層の風に吹かれて流れて行くのを視た。 「ここでしたか」  射手座理事長の声がした。 「八分儀君、そろそろ御門さんが着くと連絡がありましたよ」  理事長がわざわざ言いに来るとは、なんて腰の低いオジサマなのだ。 「ありがとうございます。イロハ、道具を取って来るから玄関で待ってて」  そう言ってハチが、フェリスを抱き上げ階下に行った。
/192ページ

最初のコメントを投稿しよう!

118人が本棚に入れています
本棚に追加