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「……辛かったんだね」
ハチが言った。そのメガネの奥で、瞳が潤んでいた。
ハチが泣くことないのに。そう思ったわたしの目からも、大粒の涙が零れ落ちた。両親がいなくなっても泣かなかったのに、なんで今更泣くのだろう。きっとこの場所が、暖かいからだ。ハチが暖かいからだ。わたしの中で凍っていた涙が、解けて落ちたんだ。
「きっと香りが癒してくれるよ」
ハチが香るように言った。
記憶のしこりが解けたからだろうか。わたしの《色香》が放たれて、またハチの香りが視えた。それは晴れた空に煌めく虹色のオーロラだった。わたしの名前と同じ七色の香りが、上層の風に吹かれて流れて行くのを視た。
「ここでしたか」
射手座理事長の声がした。
「八分儀君、そろそろ御門さんが着くと連絡がありましたよ」
理事長がわざわざ言いに来るとは、なんて腰の低いオジサマなのだ。
「ありがとうございます。イロハ、道具を取って来るから玄関で待ってて」
そう言ってハチが、フェリスを抱き上げ階下に行った。
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