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その者は優雅に光りの中を舞っていた。
薄暗い森の中ぽっかりと空いた天井から降り注ぐ、神々しい光りの中をゆっくりと確かに踊っていた。フード付きの外套を頭からすっぽりと被っている。そのおかげでその者の素顔を伺うことは出来なかった。
苛立たしげな咆吼が森中に響き渡る。そして、それがこの現実離れした光景を現実へと引き戻した。
左腕が吹き飛んだ獣魔が血走った目でその人に襲いかかる。残った腕を突き出し一撃の下に粉砕しようと攻撃を繰り出す。だが、その者は舞い続ける。紙一重の差で攻撃をかいくぐる。その動作があまりに優雅に見えるため舞っているように見えてしまう。
単調に突き出された腕にその者が触れる。すると、獣魔が急に苦悶の叫びを上げ腕を庇うように引っ込めた。見てみれば、触れられた場所から煙が上がっている。
そこで圧倒的な実力の差を自覚させられてしまったのだろう。獣魔が後退を始めた。明らかに戦意が喪失している。後退る獣魔にその者はごく自然な動作で詰め寄った。
そして、獣魔の胸に手を当てる。それだけだった。たった、それだけで獣魔は動きを止め、崩れ落ちた。
禍々しい気配を感じ、来てみれば実に珍しいものを見てしまった。これまで様々な者を見てきた。実力の差違はあれど、これほどまでの手練れは見たことがない。神懸かった戦いっぷりだ。しかし、一体なんの使い手なのか皆目分からない。
近付いてみようとした瞬間には、もうその者はいなかった。一瞬夢かと思ったが、夢でもなさそうだ。証拠の品はそこに転がっている。しかも、ご丁寧にそれの上には花が添えられている。
「少し興味がでてきますね」
自然と笑みが出てくる。
国を出て四ヶ月。こうも凄まじい使い手を見ることが出来るとは思っていなかった。これも、一カ所にずっと居続け、世界を見ることが出来なかったと言うことなのだろう。
この近くの街は一つしかない。もっとも、自分もそこを目指して来ているのだが………
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