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手の中の紙切れをじっと見つめた柴田は、確かにそれを自分のカバンのポケットに入れた。
「…じゃあな」
そしてそう言うと、僕の脇をすり抜けるようにして建物の中へと入っていった。
追いかけはしなかった。
ただその後ろ姿を、じっと見つめていた。
柴田も、振り返りはしなかった。
結局僕は何がしたかったのだろう。
楓のことを話したかったのか、橘とのことを聞きだしたかったのか、それとも―
自分でもよくわからないまま、柴田がいなくなってしばらくしてから僕も建物の中へと足を進めた。
来た時とは違う、少し苦くて懐かしい感覚。
最後に来たのはもう1年くらい前だったかもしれない。正確には思い出せない。
時は少しずつあの頃の日々を確実な過去へと昇華させている。
人ごみをじっと見つめはしても、楓はもう戻ってこないんだと今なら思える。
それがいいのか悪いのかは別として―
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