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ぐいぐいと進んでいくその横一線は、50mの折り返しを手前に均衡を崩し始める。
折り返してからは、楓と隣のコースのもう一人とのトップ争いになった。
割れんばかりの応援の声が二人のせめぎ合いをより一層掻き立てる。
僕も母も兄も、あの時は声が枯れるんじゃないかってほど大きな声で楓の名前と『頑張れ』って言葉を叫んでた。
自分の声すら聞こえないほどの声援が建物の中を震わせる。
残り10m、5mと息もつかせないほどの緊張感を携えたまま、2人は勢いを衰えさせることなくプールの壁に手を伸ばした。
そして、ゴール。
わずかなタッチの差だった。
電光掲示板に順位と記録が表示された瞬間、会場からは再び沸き上がるような歓声が上がった。
あの時の楓の表情。しぐさ。
悔しそうに顔を歪めて掲示板を見つめてた。
ただ、じっと。
わずか0.05秒差。
2位でもこれまでの大会記録は超えていた。
順位が2位でも、すごい、と誰もが思っているのは明らかだった。
中2でこの記録なんだから、きっと来年はってそういう期待も込めていたんじゃないだろうか。
でも結局、その『来年』が実現することはなかった。
こんな結末が来ることを誰が予想していただろう。
あの時1位をとっていたら、と今でも思う。
1位だったら、中学女子100m自由形の記録として楓の名前が公式に残っていただろうから。
いなくなっても、楓があの夏輝いていた軌跡がそこに形として残っていれば、何か違ったのかもしれない。
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