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耳のことって―
僕の方に橘はゆっくりと顔を向ける。
何かを伺うように、その瞳の奥の光は僕の中をまっすぐに射抜いた。
じっと動かないままだった時が、橘の静かな声とともに動き出す。
「…左耳。ほとんど聞こえないみたいだよ」
―え
わずかな自分の声に、思っていた以上の感嘆が混じっていた。
「…やっぱ、知らなかったんだ」
橘の表情は変わらない。
淡々と、その事実だけを口にする。
「カバン投げられたときに保健室でさ。織田先生と山ちゃんが話してた」
静かにそう言った後で、手にしたカップをギュッと潰した。
「ホントは死ぬほどムカついてたから言いふらしてやろうかなって」
「え」
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