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ひっきりなしに鳴き続ける蝉の声が、僕らの間にできた沈黙を淡々と上書きしていく。
少し冷えたと思った身体はいつの間にかまた熱を帯びていた。
こめかみからじっとりと汗が流れ落ちる。
「…私もそろそろ行くね」
「あぁ、うん」
途中まで同じ道を行くとわかっていてそう言った橘に、僕も、とは言えなかった。
「じゃあ、また明日」
「うん。…また明日」
お互い軽く手を挙げて離れた。
カシャン、と自転車を動かす音を背中で聞く。
遠ざかっていく気配が完全に消えてから、僕は立ち上がった。
頭の中には、さっきの橘の言葉がリフレインしたままだ。
『左耳、ほとんど聞こえないみたい』
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