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男がバーテンダーに注文した。
こいつ…酒が弱い女にロングアイランドアイスティーとか、下心見え見えじゃん。
トイレに行くのか彼女が席を立った。
俺は顔を確かめるために気づかれぬようそっと振り向いて…思い出した。
それが俺と真中梢の9年ぶりの再会だった。
彼女はほとんど変わっていなかった。きっちりとまとめられた髪、愛嬌のある可愛い顔。
ただ今夜は白衣ではなくトラッドな印象の紺色のワンピース。
彼女ならどう見ても恋人ではなさそうなあいつに手を出させるわけには行かない。
梢ちゃんは戻ってくるとそいつに言われるまま乾杯し、グラスを空けた。
「で、どうしてカルテが書き換えられていたんです?」
「いきなり本題だね。初めに言っておくがあれは医療ミスなんかじゃない。術後の回復が悪くて亡くなったんだよ」
「いえ、だってあの朝、私が容態を診に行った時は順調に回復されてたんです。それが午後から急変なんて。しかも輸液に入れるはずの薬品名が担当看護師の書いたものと違ってるなんてどこかに指示ミスがあったはずなんです」
「僕だって担当医に訊いたさ。しかし彼はカルテ通りちゃんと指示したと言ってる。じゃあ、君は看護師にミスはなかったと言い切れるのか」
会話から梢ちゃんがやばい事に首を突っ込んでることに気づいた。
しかも、
「ここではこんな話まずいな。下に部屋を取っているからそこに移動しよう」
酔いが回るのを見計らって男が彼女を連れ出そうとした。
彼女は…ついて行こうとしているが、酔っているのか足元がフラついている。
男は馴れ馴れしく彼女の腕を取り店を出て行こうとしている。
なんだ、この展開。
“梢ちゃんヤバイのに気づけよ”
俺は焦って会計を済ませ、二人の後を追った。
何食わぬ顔で二人と同じエレベーターに乗る。
すぐ横に俺がいるのに彼女は全く気付かない。
まあ、9年も前の事で、あの頃は高校生のガキだったし、今夜はスーツだし、わかんねえか。
エレベーターが開き、降りた二人の後をゆっくりとついて行く。
その男は一つの部屋の前で立ち止まり、梢ちゃんを横から半ば抱えるようにして入ろうとした。
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