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翌日、ガタガタの体に鞭打って、なんとか支度を済ませて出勤した。通勤ラッシュの電車がこの上なく辛かった。
「あれ? 柏葉君、どうしたの? ぎっくり腰でもやったの?」
余りにもぎこちない動きは、課の先輩に即座に気付かれる。昨日は病欠したのだから、確かにこれは腑に落ちない状況だ。
「あ、あの、咳き込んだ拍子に変に腰捻っちゃったみたいで……」
「そう。お大事に」
納得してもらえたようで、密かに胸を撫で下ろす。
机の上には、昨日の分の未処理書類が山とある。さっさと処理しないと。
「すいません! 昨日出した伝票、確認させてもらいたいんですけど……」
午後、何かミスがあったのか、他部署の石井が俺のデスクに近付いてきた。
「昨日の? ちょっと待っ……! !!」
午前中に整理したファイルに、座ったまま手を伸ばした時に、背筋に鋭い痛みが走った。
「柏葉君ね~、ぎっくり腰やっちゃったんだって~」
声も出せない、動けもしない状態で悶絶する俺の代わりに、向かいのデスクの先輩が説明してくれた。
「ぎっくり腰……?」
石井が切れ長の目を見開いて、俺をまじまじと見詰める。なんだか居たたまれない。
「俺がマッサージしてやろうか?」
「は?」
突然何を言い出すんだろうか。こいつは。
「俺の腕はセミプロだぞ。大体このままじゃ、明日の仕事にも差し支えるだろう?」
そう言って、いつも爽やかな同期の顔が、意味深な笑に歪んだ。
「と、言う訳で、仕事が終わったら、早速お前の家に行くからな。で、昨日の伝票、このファイルに入っているのか? 」
俺が手を伸ばしたファイルを渡してくれる。
昨日の伝票を抜き取って渡すと、石井はいつもの爽やかさで、向かいのデスクの先輩に笑い掛けた。
「すぐに返しに来ます。それから、柏葉は俺が責任持って家に帰しますので」
「えっ。ちょっ、石井っ」
「はーい。任せたわよー」
この笑顔を向けられた女性は、大抵奴の言う事を聞いてしまうので、先輩は俺の終業を石井に連絡するだろう。断る隙もなく、今夜石井が家に来る事が決まってしまった。
ヤバい。琥珀の事をなんて説明すれば良いんだ。どう見ても、俺達の間に血の繋がりは感じられない。しかも、しかも! あの部屋にはベッドがひとつしかない!
内心冷や汗をびっしょりかきながら、仕事をしていた。
「お疲れ様です」
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