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裕二は、目を細め、両のてのひらを下に向けて「押さえて押さえて」の仕草をした。この面構えのときの裕二には、何を言ってもダメ。もしくは、大事な話をするとき。
「ボクはAIの研究で、MEDAの頭脳にあたる、『対話できる知能』を作ることにほぼ成功した。
そして、完成した直後、ラボの中の誰かが教授にMEDAの完成を密告したらしいんだ」
「何か問題あるの? 教授の指導でMEDAは出来たんだし」
「篠田教授が、軍事産業に手を貸してるのは知る人ぞ知る話でさ。ボクはMEDAを兵器にされるのが厭で」
裕二らしい。彼は平和を愛するというか、お人好しで世俗離れしてて、つまり、こんな山奥がお似合いなのだ。
「MEDAの完成を研究員が教授に告げ口したところを、ラボに潜んでる軍の内通者に露見したっぽい。それは明確な情報じゃない。とにかく、教授はMEDAの完成を知った。これも確たる情報じゃないけど、おそらく教授は軍にMEDAを渡すことを拒んだんじゃないかな?」
で、教授が襲われたことを知って、これは自分も、と思って逃げてきたってとこか。
「こんなところに逃げたところで捕まるでしょ? 相手が軍部って、大組織じゃない。すぐにでも探し当てるでしょ?」
「キミは、MEDAから的確に答えを引き出して、すぐボクに会いに来てくれると信じてた。MEDAを連れてね」
「なにそれ。あたしが感情的にすぐ追いかけてくる軽い女だと思ってたわけ?」
「いやいや。行動力がある強い女性だって信じてたんだ。ボクがMEDAを持って逃げるわけにはいかなかったからね」
と。
どんどん。
入り口の引き戸を叩く音がする。
もう、追っ手が来たの?
「おい。煮物を作ったんじゃが食べるかい?」
「あ、お世話になってるおばあさんだ」
裕二は引き戸を開けて老婆から囲炉裏鍋を引き取り、礼を言った。老婆はにっこりと笑みをつくり、引き戸を閉めて去っていった。
おなかがぐう、と鳴る。
「どんなときでも腹は減る。変わらないことはいいことだ」
裕二は鍋からの香りを楽しみながら囲炉裏にかけ、奥から箸と器を持って来た。
「さあ、食おう。人らしく、ばっちり食べよう。そして、お風呂に入るんだ」
あたしは、裕二がそんな恐ろしい者たちから逃げつつも、なんで落ち着いていられるのかわからなかった。でも、MEDAが手元に来たことで安心してるようだった。
あたしはいいのか?
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