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いいや。おなか空いたし、ご飯を食べよう。
「ここから少し先に温泉があるから、おもての自転車に乗って行っておいで」
裕二が手拭いを渡す。
あたしはリュックから着替えを出した。
「大事なことを言うのを忘れてた」
「え?」
あたしは、引き戸に手を遣ったままで裕二のほうに振り向いた。
「混浴だからね、運試しだ」
にやにやしてやがる。
「一緒に行こうよ」
「MEDAを見張ってないと」
「それも連れていけばいいじゃない」
「これ以上みだりに持ち歩きたくない」
「あたしとMEDA、どっちが大事なわけ?」
「うーん」
「悩むとこかそこ!?」
「キミのためにMEDAが大事って、どう?」
「もういい。お風呂に行ってくる」
外へ出た。
幸い、温泉に人はおらず、いい湯を満喫した。体がこわばっていた。温泉につかって体がずいぶん気持よく緩んだ。
「ただいまー」
引き戸を開ける。
と、裕二の前に彼と同い年くらいの男が座っている。
裕二……。
絶句して立ち尽くし、様子を見ていた。
「裕二くん。MEDAを渡してくれ。手荒な真似はしたくない」
「できないよね。MEDAの設計図はボクのアタマの中にしかない」
「MEDAを解析すればわかることだ」
「ヤなんだよ。人殺しに荷担するの」
「なぜ?」
「だって、人類が滅びちゃうじゃん」
ぷっ。
それ正解! というか、なんなのか。
「私もお前も弱い者でしかない。いわば、使われる立場だ」
「事故りそうでヤなんだけどさ……」
「なんだ?」
「それ、弱肉強食の論理ってヤツでしょ?」
「なんでその論理が事故を起こす?」
「だってさー、つい、『焼肉定食』って言いたくならない?」
くだらないことを口走りだす裕二はそうとうマズい。かなり追い詰められてきてる。
「話し合いは不毛のようだな。MEDAをもらっていく」
男は立ち上がると裕二につかみかかって、MEDAを奪おうとした。
と。
裕二はあたしに向かってMEDAを投げた。
「それ持って自転車で逃げろ!」
どこへ?
男がこちらへ向き直ったので、考える前に動こうと、引き戸を開けて自転車に跨がり、闇雲に夜道を走った。
ええそうよ。あたしは考える前に走り出す軽い女。
男はしばらくすると、オートバイで追いかけてきた。
これは無理だ。競輪選手の脚をもってしても逃げおおせないだろう。
裕二め。あたしを生け贄にするつもりか。くそう、腹立ってきた。
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