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《戦争》というものを知らない私にとって、ひもじさで死んでしまうという事の感覚さえ分からない…
それは、朔也様にとっても同じだろう…
「親は…やっぱり戦争で…?」
「まぁな…父親は出兵して、戻ってきたのは死亡したって紙切れ1枚だけ…母親は、空襲で家ごと押し潰された。この人の両親も、似たような顛末さ。俺達は、いわゆる戦争孤児だったんだ。寝る所も食いもんもない、金さえない俺達は…戦争が終わってからも、生き地獄の中にいた。そんな時に、日下部の旦那に拾われて…俺達にとって、日下部の旦那が神様みたいに見えたんだ…」
話を聞いている日下部の顔は、なみだでぬれていた。
手で顔をおおって、そのまま泣きくずれていく。
「……すまない………ッ……本当に…すまなかった…!」
けいさつのえらい人が、日下部のとなりに行く。
「日下部…お前は、どうしてこんな事件を起こしたんだ!お前を神様とまで言ってくれる者達に、どうしてこんな事をさせた!」
ゆっくりと体を起こした日下部は、一度御前様をふり返ってから話しはじめた。
「許せなかったんだ…俺は、戦地から帰ってきて父親の跡を継いだ。その企業を何とか軌道に乗せる事が出来たのは、美空家先代の尽力あったればこそ…先代には感謝こそすれ、恨みなどなかった…だが、この男に代替わりした途端…手のひらを返した様に取引中止が相次いで、この5年足らずで会社が潰された…!そればかりか数百人という社員の一斉解雇までしておいて、こちらには何の説明もない!答えろ、美空ぁ!なぜ、先代からの取引先を潰したぁ!?」
日下部の言葉を聞いて、朔也様が小さくふるえ出した。
「……ごめ…なさい………ごめんなさい………ごめんなさい…」
耳を口元に近づけなければ聞こえないほどの声で、あやまっている…
それは、私以外に聞こえる事はなかった。
「………なぜ…だと?何か、勘違いをしているのではないか?先代である俺の父親が、お前に金を貸したり人員を派遣したのは使い道があると思っていたから。戦後の物がない時代、便利な物を造り出すお前の会社に投資すれば儲かると考えただけだ。勝手に父親を、聖人君子に仕立て上げられても迷惑だ。投資されている事に甘え、商品開発もせず既存の物を新商品として売り出す。そのような将来性のない会社に、投資する金など一銭もないッ!話は終わりだ。警部、さっさと連行して下さい」
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