第1章

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 上原のさっきの話はみんなの気を一瞬は引いたものの、話題の一つとしてはすでにその役目を終え、それほど気に留めておく必要の無いものになっていた。そんな風に事務的に日常に戻っていくクラスメイト一人一人の顔を見ながら、私の頭の中ではトマリを探して欲しいと言った時のコウジおじさんの憔悴した顔が焼き付いていた。  単純な行方不明はわかりやすいぐらいにタチが悪く、何度トマリを最短で探す方法を考えても、最終的に辿りついた行き止まりには、大きな文字で発見不可能と書かれている。そんな気がした。  昨日からトマリに送り続けているメールの返信は一度もない。 大量の送信履歴。 残りわずかの充電。 教室に響く笑い声。 コウジおじさんの消えてしまいそうな声。 常に前向きな教師。 マイナス思考の螺旋階段を見つめる私。 後ろ向きな私。  放課後。私はまず一番始めに思い浮かんだこんな田舎には似合わない植物園が併設されている市立中央図書館に向かっていた。  トマリは私と同じぐらい本の虫だった。中学の頃よく一緒に中央図書館に足を運んだ。私が推理小説に魅了されているのに対して、トマリは恋愛小説を狂ったように読み漁っていた。毎回同じ席に座り一言も話さず、ただ本を読むという時間を共有し続けた。大きな窓から入りこんだ夕焼けの光がトマリを包んでいたあの日のことを想い出す。恋愛小説を読んで純粋に涙を流していたトマリの横顔。  その日の帰り道、どんな話で泣いたのか聞いた私に、うさぎみたいに目を真っ赤にしたトマリは、鼻声でいびつと聞こえなくもない音で秘密と答えた。その時の破壊的な笑顔に完全KOされた私はそこで質問を止めたのだった。  市立中央図書館は昔から変わらず、人がほとんどいなかった。  私はまず館内を一周する。まばらな人達を一人ずつ確認していくが、予想通りというか、当然というか、やっぱりというか、館内にトマリの姿は無かった。最後に私は貸し出しを受け付けるカウンターに向かい中学の時からいる、お馴染みの少し小太りで黒縁眼鏡のおばさんに尋ねる。 「すいません。ちょっといいですか?」 「なんでしょう?」  スマートフォンに保存してあるトマリの写真を見せる。 「最近この子って、ここに来ました?」  怪訝な顔をするおばさん。  なんだか少し恥ずかしい。
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