第1章

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太腿の上には今まで読んでいたであろう本の表紙になっている髪の長い骸骨が天井を睨んでいる。私もあの本は読んだ。でも少し前に読んだはずなのにあの本の犯人がなぜか思い出せない。テーブルの上にはその本のシリーズ八冊がバベルの塔に対抗するかのように高く積み上げられている。  白須ミナイの読書スピードがどれぐらいの速さなのか知らないけど、足の怪我の入院中にあそこに積み上げられた本を全て読めるとは思えない。 「やあやあいらっしゃい。自己紹介とここに来た説明はいらないからね。あと犯人はまだ言っちゃダメだよ花園レイン。だってまだ三分の一も読んでないんだから。五月雨リリィはそこに座って。花園レイン。悪いけどそこにある椅子を出して座っちゃって。悪いけどウチの足はまだそこまで回復してないんだ。あとお見舞いの品を買い忘れたことを後悔する必要もないからね。君たち二人にはやらなくちゃいけないことがある。そんなことに時間を割いてる暇はない。今お見舞いというキーワードは君達を憂鬱にさせるかも知れないけど、病院を出た辺りで花園レインがそのことを思い出して、その足でウチに謝りにくるのは時間の無駄だ。だから先に言っといた。それと花園レイン。三島トマリ捜索は中止した方がいい。今この物語は君の思い通りにならない流れになってる。つまりそれも時間の無駄ってこと。よし二人とも座ったね。ウチがグレーの猫に襲われた時の話だよね? 正直この話は警察とか病院の先生とか親とか色んな人に話してウチも飽きてきちゃってるんだけど、あっ思い出したくないとか全然そんなんじゃないから安心してね。じゃあ始めるよ」  私はリリィの顔を見る。  リリィは私と同様にジョン・レノンがコンビニの年齢確認ボタンについて店員と口論しているのを見たような顔をして、だらしなく口を開けている。私は白須ミナイと初対面である。恐らくリリィもだ。話が早くて助かるよとは言えなかった。そんな返しを超越した白須ミナイの第一声。 そう。これはまだ白須ミナイの一言目なのだ。いや、どうぞと言ったあとだから正確には二言目だけどってそんな政治家同士の揚げ足取りみたいなことは今はどうでもいい。  本当にどうでもいいのだ。  あらゆるやり取りを飛ばし飛ばしにした第一声マシンガンは、私とリリィを完全に撃ち抜き黙らせた。  
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