第1章

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「あれは二日前。ウチはピアノのレッスン終わりにいつもの道を歩いて帰ってた。多分時間は夜の九時二十分くらいだったと思う。ピアノ教室の通り沿いに一ヶ所だけいつも何も建てられてない空き地があるんだ。別に気にもとめないでいつも帰ってるんだけど、その日はいつもと少し風景が違うように感じたんだ。それで歩きながらその空き地を眺めてみたら、紺のスーツを着た女の人が奥で倒れてるのが視界に入ったわけ」  白須ミナイは読みかけの本にきちんと栞を挟んで、その本をリクライニング式のベッドの足元に取り付けられたテーブルの上に載せ、ついでに喉も乾いたのかストロー付きのりんごジュースを手に取り、弱々しくチューという音を鳴らし一口飲んだ。 「それで?」 「最初は酔っ払いかと思ったんだけど、そういう時に限ってこの力が発動しちゃったわけ。猫に噛まれた状態のままフラフラと歩く女の人の姿が脳内に視えた。目を開けて足元を見ると赤い血が点になって女の人の所まで続いてる。ウチもそこで帰っとけばよかったんだけど視えちゃったもんだから引くに引けない。気づくとその女の人をこの手で触れられる距離まで来ちゃってた。恐る恐るスーツのジャケットをめくると左の脇腹がYシャツごと噛みちぎられて真っ赤に染まってた。ウチはすぐに帰ろうと思って振り返った。そしたらいつのまにかその猫がウチのすぐ後ろにいたんだ。口を真っ赤に染めて、ウチを睨んでた。速攻でその猫追い抜いてダッシュで逃げたら物凄い速さで追いかけてきたんだ。あっさり追いつかれて左の太ももに噛み付いて離れないでやんの。恐怖とあまりの気持ち悪さに猫の首つかんで、力一杯引き剥がしたら、太ももの噛まれてた部分がそっくりそのまま無くなってた」 「どうやって逃げた?」 「ウチはその場でコケちゃって尻もちついたんだ。手のひらに砂とか砂利の感覚が広がった。ウチはそれを両手に握って猫の顔めがけて投げつけた」 「目潰し?」 「そう。まさにクリーンヒット。ウチは速攻起き上がって後ろを振り向かずにダッシュで逃げた。50mぐらい走ったところで振り返ると猫はもういなかったよ」 「その猫人間の言葉を話さなかったか?」 「いーや。一瞬だったし」 「そうか。猫の色は覚えてるか?」 「暗かったから微妙だけど多分グレーあと上品な顔してたよ」 「やっぱりあの化け猫か。襲われた場所ってどの辺なんだ?」
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