第1章

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 ローマからナポリまで特急列車で、おおよそ1時間半かかった。 駅へ迎えに来ていたファブリッツィオには安定している小型の車、 例えば、シトロエンとか日産マーチとかを用意してくれと そう頼んでいたのに、よりにもよってフィアット・クーペだ。  日本を経った時から、頭から体まで左右が半分に 分離しているような錯覚を覚える。  夏休みに入ってから、特に左手や左耳の感覚が ぼやけたような感じだ。  ファブリッツィオに、念の為に体調の変化を 伝えるが、彼は紙包みを二つ渡してきて そのままハンドルを右にきる。 「気圧かなんかじゃないのか?」  まるで人の話を聴いていない。 学生達が夏期休暇に入ってからだと言ったはずだ。  講師の私は学術研究として、イタリアに来た。 ある画商へ行く為だ。  紙包みの片方は、サンドイッチだった。 「おい、カフェに寄る時間も無しかい。 俺は調子が……。」  また左の方に誰かいるような気がした。 ぼんやりした誰かが。 当然、左の運転席にいるのはファブリッツィオだけだ。  もう1つの紙包みを開けずにカバンへ放り込む。 道が混んでいる。 それが必然のように、カラビニエリを見かける。 軍警察という奴だ。  何処から漏れたのか。  私達はギシギシに詰った路上駐車に隙間を見つけて入った。 ファブリッツィオは、車をビルのくっ付くほどに横付けて言った。 「In bocca al lupo!」  狼の口へ…か、古い諺だそうだ。  3階まで裏階段を昇る。 埃臭い匂いが扉の外にまで漂う。 部屋の中に1人しかいない事はファブリッツィオが調べてある。  扉を蹴り開けて、埃を外へ解放してやる。 老人の男性が1人、椅子に座っている。 その前に油絵が1枚ある。 描きかけのようだ。  カバンの紙包みから素早くシグザウエルP230を抜いて構えた。 だが、老人は既に事切れていた。 私は、油絵のキャンバスの裏に隠してあるダイアモンドを抜き取ると 口の中に入れた。  左半身が裏階段を静かに昇ってくるのを感じた。 勢いで窓から飛び出る。 真下にはファブリッツィオのフィアットがある。 カブリオレなのは、正解だった。  急発進して、猛スピードで現場から離脱する。 路上駐車も渋滞も無視して、逆走しながら隙間を縫う度に 頭がグラグラと振られて、左半身がぼやけてくる。  喋る事も出来ない荒い運転に文句も言えない。
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