第1章

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 彼女にとっては猫の年齢なんて解らなかったし 判っても、この高台では数字を使う機会も無かったし 実際の父親がいくつだったのかも知らなかった。 聞く気もなかった。  一人は一人だし、一匹は一匹だ。  ただ、彼女は彼女の事はわりと旺盛に知りたがる事があった。 両親を亡くして施設に引き取られた時はまだ小さすぎて はっきり言えば、その出来事を丸ごと覚えていなかった。  彼女にとって覚えていない程の小さい頃は 後から教えられた事で、自分の物語ではなかった。 でも、今の自分が歩いてきた道を眺めるのは嫌いではなかった。 時間は彼女に無価値だったけれども、あくまでも彼女にはだけど 果てしなく距離は、決してそうでは無いのかもしれない。 「どうして莢という名前なの?」  名付け親になってくれた、施設の先生に聞いた事がある。 単純に前から聞きたかったからだ。 先生はいつものように優しい顔で、食事のテーブルに手を置いて スプーンを彼女へ渡しながら、にこやかに小さな声で話してくれた。 「それはですね、あなたが人々を包み込む慈愛を持つ人だからです。 人々は豆のように小さく不安で 風にも光にも弱く抗えない時があります。  あなたはただ、静かに大丈夫と声を掛けて包んであげるだけで 人々は自然にある小さな気持ちを、あなたに重ねて体験するんです。 そうして彼らは安らかになるからなのですよ。」 「みんなは自分の安心を自分で決められないの?」  こう聞くと、先生は少しお困りになったように身をわずかに引かれて 自分で決める事が出来るものは特にないんです。 世界も自然もただあるだけなんですよ。  そのように仰った。  彼女は、そう思えたら暗く深い迷路のような夜の街も 暖炉の火を頼らなくても 不安にならず済むものなのか気になったが そこまで聞くつもりにならなかった。  後は静かに夕食を続けるだけだったから。 施設は、いつも静かだったしから。  週末の朝が騒がしくなった日をよく憶えている。 だから彼女の物語だとおもう。 夜のうちに捕まった多くの人々は縛られたり叩かれたりして 街の広場に集められて朝を待つ。  彼女は夜から逃げられなかった人々を見ている。  先生のお話では、彼らはほんの少しのお金と 食べ物を手に入れる為だけに、他の人の命まで略奪しました。 隙間に闇を見てしまった、哀れな小さい人達なのです。
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