-水面(みなも)に浮かべた華-

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「久那(ひさな)くん、あのね」  隣に並ぶ沙希(さき)が、他愛もないことを、楽しそうに話している。  学校からの帰り道。  いつも通りの光景。  いつも通り、隣にいる沙希。  久那の顔は、きっといつもと変わらない無表情なのだろう。  大して面白い相槌も打てていない。  だが沙希はそれでも、嬉しそうに笑う。 「今日ね、同じクラスのミナミちゃんが……」  何も変わらない、久那の日常。  たとえ久那が一般人とはかけ離れた家業に就く者であろうと、この国が公に殺し屋組織を持っていようとも、この穏やかな日常までは浸食してこない。  だが沙希の特殊な『力』は、容赦なく彼女を穏やかな現実から引き離す。 「……沙希?」  沙希の足と唇が、動きを止める。  一歩分遅れた沙希を振り返ると、沙希はどこか、遠くを見つめていた。  その視線の先を追って、久那は視線を投げかける。  対向三車線の道路は、時々思い出したかのように車が通るだけで、今はかなり通行量が少ない。  その上にかかる歩道橋は、うだるような暑さに溶けていきそうだ。  昼真っただ中という時間帯のせいか、久那と沙希以外に歩く人の姿は見えない。  全ての観察を終えた久那は沙希へ視線を戻す。  その瞬間、沙希の瞳孔がキュッと縮まった。  そして我に返った沙希は、久那には目もくれずに走りだす。 「沙希っ!?」  思わずその後を追いかけようとした久那は、沙希が向かう先を見てはっと足を止めた。  そしてもう一度周囲を見回すと、沙希とは別の場所に向かって駆け出した。
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