円冠の箱庭

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「おやすみ……」 いつも通りの別れの挨拶をしてベッドに倒れこんでからあっという間に寝息を立て始めた相棒に、ルナは彼の男の子にしては柔らかな髪を撫でながらそう声をかける。 聞こえていないとはわかっているが、いつものようにすぐにその姿が消えてしまうログアウトとは違い、今回彼は寝落ちという方法をとった。 彼には伝えなかったが、寝落ちは通常のログアウトとは違い暫くの間アバターの体がその場に残るーーちなみに体は残っていても、感覚は既に現実に戻っているのでルナが見つめているのは言わば抜け殻だがーー。 だがルナは普段見ることのないあまりにも無防備な彼の寝顔を抜け殻などとはとても思えず、ついじっと規則正しい寝息を立てる彼の横顔を見つめていた。 「ふふ……」 彼のベッドの脇に膝をつき彼の頭を撫で続けていると、ルナは不意に今日の彼との冒険を思い出していた。 今日はアップデートの見物から情報屋のシグと合流し、更にアルマダに呼び出されて前線の攻略に駆り出されるという、かつてない過密スケジュールになってしまい正直ルナも内心では辟易していたものだが、それ以上に今日の彼が見せた今までにない姿にルナの心はくすぐられていた。 いつもの彼はレベルの差などまるで感じさせない動きでルナと連携を取り、単騎でも次々に強力なモンスター達と渡り合うという頼れる一面を見せていたが、今日はそれとは打って変わってゾンビやゴーストといったモンスターに怯えるという姿を見せてくれた。 その姿はあまりにもいつもとはかけ離れていて世間一般でギャップ萌えと呼ばれる現象を引き起こしルナの母性本能を強烈に刺激したが、アルマダ達無敵艦隊の面々が居たこともあり努めて平静を保って見せていた。ーー最も、アルマダあたりには見破られていそうな気もするがーー。 今日攻略したダンジョンに湧出するゾンビ犬を相手取った時の彼の取り乱し方を思い出すと不謹慎だとわかっていてもつい口角が上がってしまうが、それも仕方のないことだろう。 ルナも恋する女の子。恋い焦がれる異性の新たな姿を知るということは大変に嬉しいことだし、何より彼が自分に頼ってくれたという事実が堪らなく嬉しかったのだ。
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