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「何か、勘違いしているね」
どういうことだよ。
「私は、白川君を脅したりなんかしてないよ。そう……少し助言しただけ。彼は、自分で転校を決めたんだよ」
諭すような、それでいてあざ笑うかのような声。俺は、頭が真っ白になった。
悠希が、自分で、決めた……?
俺に相談もせず…?
いつの間にか、力は抜けてしまっていた。
さっきまで奴の胸ぐらを掴んでいた俺の腕は、だらんと力なく垂れ下がっている。
「そういうことだから、隼人。君も、親友の人生の門出を祝ってあげるといい」
やつはそう言うと、少し乱れたスーツの襟を直し、歩き出そうとする。
「……待てよ」
俺は、かすれた声でなんとか言う。
「悠希は、新人類じゃない」
「彼は平凡で平均的。……そこがいいんだよ、隼人」
「………」
「じゃあ、また」
奴が、帰って行ってしまう。俺の前からいなくなって、俺の大事なものを奪って行ってしまう。
……二度も、そんなことがあってたまるか。
「おい」
俺は、ようやく顔を上げて奴を呼び止めた。
奴は、廊下を歩く足を止め、無言のままこちらへゆっくりと振り返る。
「俺も、その学校に行く」
悠希を止められないなら、俺も一緒に行って、悠希を守る。
あの時は、幼くて自分では何もできなかった。
今度こそ、手放すわけにはいかないんだ。
「隼人、君は勘違いばかりだね」
奴は、にこりと微笑んで言った。
「君が行きたいと思っても、この私が許可しない限り、君はその学校には入れないんだけどね?」
俺は、唇を噛み締めた。こいつは、試しているんだ。
拳を、ぎゅっ、と握り締める。爪が手のひらに食い込んで、皮を引き裂くのがわかる。それでも、そうしないとおかしくなりそうだった。
屈辱だ。
俺は、この世で一番憎い人間に、頭を下げた。
そして言う。
「俺も、その学校に入れてください。お願いします」
顔は、上げられなかった。顔を上げて、奴の勝ち誇った笑顔を見て、殴りかからずにいれる自信がなかったのだ。
声が、降ってくる。
「大切な親友のために君がどこまで出来るのか、楽しみにしているよ。じゃあ、来年度会おう」
かつ、かつ、と、廊下を去って行く足音を、俺は歯を食いしばりながらいつまでも聞いていた。
そして誓う。今度こそ、絶対に失ったりしない。
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