第1章

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 前に歩くより、後ろへ歩く方が技術が必要であるように 墜落することは、飛び立つことよりも遥かに自然。 自然というのは、自由とは真逆である事が多い。  左右上下のバランスを安定させたいなら、むしろ当然。  宇宙の全てが人工であれば、素直に人間基準になるとしても 実際、自然は全く人間基準ではない。 どちらかっていうと、太陽系は論外として母なる地球でも 大体は無理設定。確かにチートクラスの天才はいる。 でも自然制限から逸脱する事は無い。  そう思いながら、ステファンスがニコロデ大学の 一般講義すらも聴講に行ってないくせに 必ず、これは成功できると主張する根拠が さっぱり解らない。  この不恰好なガラクタは、空を飛ぶのだという。 しかも昼の雁のように、夜の蝙蝠の如く自在に。  馬鹿馬鹿しい。 狂気のように熱中している。  私はそんなにヒマではないし、 午前の仕事が済んだら、急いで昼食を取って 夕方まではヴァイオリンを練習しなくてはいけない。  趣味ではなく、もっと仕事でありたい。 私にとっては大切な時間でもある。  とはいえ、ステファンスもまた真剣であり 彼には、この街で唯一頼りになる男だったし  私達、兄妹は住居や仕事の斡旋など感謝が多い。 何よりも、故郷を失う以前からの旧友でもある。 「パレット!」  ステファンスは、私を必ず呼び間違える。 これは故郷の南部の訛りに由来しているのだが 私は荷役台でもないし、調色板でもない。 「パケットと発音してくれないなら、手は貸さないよ。」  そう言い返すが、ステファンスは全く無頓着に ラチェットレンチを寄越してくれと言っている。 仕方が無く、レンチを彼に持っていきながら 「パ・ケ・ッ・ト!」 と言いながら、ガラクタの下で 潜り込んでるのか下敷きになってるのか よく判別できないステファンスが、動いていそうな辺りへ レンチを押し込むと、ステファンスは 「ああ、ラ・チェ・ッ・ト!な、判るようになったじゃないか。」 呆れてしまう。 こんな作業に付き合っていたら、日が暮れてしまう。  妹のアリアナが食堂で給仕の仕事を得たのも ステファンスのお陰なのは判ってるし その妹のコネでヴァイオリンで、なんとか日銭を賄っているのは 私の甲斐性の無いせいだとも、重々理解している。  ****************  この国で市民権を得るのはとても大変なのだ。
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