第1章

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ステファンがガラクタから、這い出してきて私に投げた。 そして逆の手で工具箱を指している。 「何をボケッとしてんだ。又、ピアノのお嬢さんか? 無理無理。やめとけやめとけ。」  私は咄嗟にムキになって工具箱と言葉を突っ返した。 「身分か?市民権か?音楽を合奏するのに関係あるのか? この気持ちを表現するなら、1000字以内でも治まらない! 1000曲弾いても落ち着かない!」  工具箱から何やら取り出して、またステファンスは ガラクタの中に入ってしまった。 まるでネズミかコウモリだ。巣穴から声がする。 「そうじゃねえさ。ボケッとしてるから タラのフライを、ウィズに横取りされてるって言ったんだ。」  そう言われてベンチの横の、弁当から ポテトだけ残したまま、白身魚が消えている。 あの灰色のイタズラ猫も、姿が全くみえない。  早業だな。  この辺の猫は、どいつもこいつも犬でさえ ”CATBAR”の『おかみさん』こと灰色猫のウィズに 頭が上がらない。私が昼飯を盗られるのも四回目だ。 ウィズを怒って追っかければ、結局はアリアナが怒る。 「アリアナにしか懐かないって、マスターも言ってたぜ。」  笑いながら、ステファンスはゴソゴソやってる。  でも、たった1度だけ。 まるで、あのピアノのお嬢さんのように1度だけ。  ヴァイオリンを終えて、閉店を手伝ってゴミを 裏口へ持っていった時に、細い黒猫がウィズと 親しげにしてるように感じて、見てしまった。  二匹ともそのまま、草むらへ消えた。 あの黒猫も、あの時しか見た事が無い。  だがアリアナやマスターに訊いたら 毛並みの良い細い黒猫は、時々くるのだそうだ。 野良なのか飼い猫なのかも、よく判らないらしい。  しかも、ミルクをだそうと手を鳴らそうと 人間には全く興味が無い素振りで 逆に脅かしても、びくともしない。  自然に自由な黒猫なのか。  何か私は期待しているのだろうか。 いま充分に満ちているじゃないか。 足りないのは白身魚のオカズくらいだ。  いままで現実を見た。 これからはもっと見るのだろう。 夢を見てどうする。練習しよう。  ガラクタをノックして、ステファンスに言った。  ヴァイオリンを弾くから、用があればそこらのネジでも 投げてくれと。ステファンスは「ん。」と言ったままだ。 私は弁当を片付けて、ヴァイオリンの弦を合わせながら 「これ、本当に飛ぶのかい?」
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