第1章

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 戦後からようやく落ち着きが出てきた昭和も30年代かな。 出版界も勢いと弾みがついてきてね、売れるものも多様化してた。 なんだ、多く失われた文化的な民俗や郷土資料とかもね 焼けちゃったり、壊されちゃったり、忘れられたりとか 色々あるでしょう。そういうのを記事にしてた頃なんだ。  <そして話はそこから、始めて頂いた。>  登山道から少し離れた場所に、浅い磐屋があった。 帳面へ構造や、破損箇所などを調べて採取していた。 屈めば入れる高さで、横や奥はスッパリと石切されているが 元々は天井部分になっている丸い磐が最初にあったのだろう。 ここに人間が3人程度なら、座れる空間になっている。  天井になっている、丸い自然の磐の上に大きな樹があるが 磐屋の中に根が入って来ている様子もなく、静かだ。 様々な意味で、頑丈な造りである事に関心していた。  だが中断を強いられた。  取材を早めに切り上げて、山を下りる事にしたのは カメラや備品などを優先した為に、少々軽装備にしたので 奥へは行かないつもりであった。何より雲行きが怪しい。 山に対して、素人なのだから弁えるべきだとも思った。  一旦、曇り翳ると汗はたちまち体を冷やしていく。 最終的な目的地への取材は適わなかったが 宿へ戻れば、熱い湯船が待っている。 降られて、機材を台無しにしては元も子もない。  だが下から煽ってくるような不気味な雲に 呑みこまれて、嫌な湿気が更に体を縛る。  登山道はあるのだが、人は滅多に通らない。 別に入山が禁止されているわけではないが 誰も入りたがらないのだから仕方が無い。  間に合わない。 そんな気がした。  思ったからという筈も無いが、降り出して来たし 辺りは暗闇に包まれていく。甘かった。 四苦八苦して、機材が濡れないようして 我が身を温めるのは宿にしようと決めた。 逗留を多少なら、伸ばしても構わない予定だ。  だが山は甘くなかった。 黄昏刻とは、彼は誰であろうかという意味で 具体的に正確な時刻を割り当てるよりも 薄暗くなり先が読めなくなる状況を意味する方が 相応しいと思う。  この日の彼が誰か判らぬという状況は 予想より早くやってきて、思うよりも素早く先を越された。 もう少しで、登山道まで戻れるので 歩きやすくもなるし、道も此処よりマシのはずだ。  細い来た道を戻る。登った時より、高低差が大きく感じた。
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