第1章

5/9
前へ
/9ページ
次へ
まず階段ありきで街がある。 それが鼻につく時がある。 階段、階段、階段。  誰も専用として取り扱っていないのは 階段だけかも。階段屋というのだけはない。 階段修理屋とか、階段掃除屋とかもない。 それだけは、だれかが勝手にやる。気晴らしに。 住人と階段の繋がりは、移動に見えるが 消されちまう星明りのように、気晴らしの方だ。  俺の婆ちゃんは、ピアノ教室をやっていた。 今は体力的に、毎日のレッスンはしていない。 ただ、たまに聴いてもらいたいという 昔の生徒さんが来る。 その人自身も自分の教室を持つ、今は先生だ。 この街から出られなくなっていて、気にすることもなく。 いつか何十年も、ピアノを弾いていたと笑う。  俺の実の父母とかいう奴らが、俺を婆ちゃんに預けたっきり この街には16年も姿を見せない。手紙1つ寄越さない。 だから俺も実親の顔なんか知らない。 すれ違っても気付かない。気付く必要も用事もない。  1度、婆ちゃんにそんな風に言った事がある。 確か名前を変えた時だったと思う。 婆ちゃんは小さかった俺を叱った。 俺名義の口座にお金を送ってくれているんだよ。 心配していない訳ないじゃない。 会いたくないなんて思わないで。  3つの俺には分からなかったが。 分かりたくなかった。 とにかく早く名前を変えたかった。  また小さい頃から、婆ちゃん子で育った俺は 「階段」の街の小中高大までエスカレーターなのは 大変便利だと思った。 束縛感と放置感なんて、考えなかった。 一切が利便性の話なんだが。しかしながら、  階段の街でエスカレーターとは笑えない。 そして俺は「スケーターワルツ」も弾けない。 なんとも情けない。 でも、婆ちゃんのピアノは好きだ。 いまはもうほとんど、弾いてくれなくなった。  ただ……。春先頃から、急に家に出入りし始めた、 俺の言う事だけは絶対に聞かない、 生意気な灰色縞の、チビで痩せた猫がいる。 尻尾が曲がっている。折れてるわけではない。  婆ちゃんが飼い始めたの?って訊いたら 「どうかねえ。猫っていうのは縛られたくないから。」  でも、首輪はつけている。なので名前は?って訊くと 「猫ちゃんとか、ニャンコさんとか呼んでるよ。」 婆ちゃんは、昔から細かい事は気にしない。  婆ちゃんの言う事だけは、割りと素直に聞く。 見張ってていても、ピアノで爪を研いだりしない。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加