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何かピアノに、愛着でもあるような感じがする。
俺はピアノなんてからっきし駄目だったけど。
弾けない猫の方が興味を持つなんて変な気分だ。
このいちいち、おれが飯食ってると横取りにきて、
追い払おうとするとヘニャったネコパンチを
繰り出してくる、そのネコパンチが見事に
曲がった尻尾に似ていて、チビ痩せネコの事を
俺は勝手に【ペア】って呼んでる。
婆ちゃんとコンビという意味ではなくて、
「曲がってる」って意味だ。ひねくれ猫。
とにかくチビで痩せてるので、婆ちゃんはかなり
アレコレとエサを用意する、ちゃんと食べる。
どうしたことか、一向に太る気配がない。
それどころか人一倍、いや猫一倍によく食べる。
更に変なのは、この街のボス猫さえも
ペアを見ると避けて歩ている。
偉そうなのは、案外に伊達じゃないのかも。
そのせいか、俺が呼んでも無視する。
ただ、あのネコが来てから、婆ちゃんが極稀に、
俺の勉強の邪魔をしないように気を使って、
何か弾いてるから聴きに行った。奇麗な曲だった。
ただ……。奇麗なんだけど、何か曖昧な気がした。
婆ちゃんの手が痛むからとか、無理してるからとか
そういうわけじゃなくて。曲が終ってからも考えていた。
ドビュッシーって人の「夢」って曲だよって言ってた。
俺は何でこんな奇麗なのに、曖昧な寂しい感じなの?
と聴いてみた。婆ちゃんは何も言わないで笑って。
「どうしてかねぇ。」
って言いながら、膝のペアを撫でていた。
この猫は婆ちゃんの膝の上だと、得意満面で腹立たしい。
婆ちゃんはよく言う。
「この子は奇麗な尻尾だねえ。」
**********************
俺はリュックを背負って、食料やらシェラフやら
とにかく色々詰め込んだ二つの、サイドパックを
乗せて、婆ちゃんに「夏休みだから星でも見てくるよ」
そう言って出発した。
婆ちゃんは心配している素振りはないけれど
「また戻ってくるかい?」と、多分、不安な言葉を言った。
俺は
「もちろんだよ、ニ、三日だけ勉強の気晴らしだから。
心配しないでくれよ。」そう言った。
気晴らしだ。
もう戻らないかも知れない。
もう戻れないかも。
シグナルに捕まるかもしれない。
駅前の自転車屋で、いざという時の補修道具を買った。
自転車を見てもらってる間に、多分、昼休憩になって
旅館の横道にいた少女が寄ってきた。
莢(サヤ)だ。
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