第1章

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 はためくシャツが十重二十重。 日々を汗まみれに、皺くちゃに揉まれて 洗濯されて干されて、庭一面に白く運動会のよう。  天国と地獄。  風に吹かれて、風にそよいで。 吊られながらも、転がる石の如く。 おつかれさん。ありがとさん。 真っ白なシャツ達に、ごくろうさん。  お笑い種なんだけど、この街は 国の文化財とか世界遺産とか、住民には 対して有り難味の無い、称号がついてる。  もちろん私たちは、ただ住んで 生きて、やってきたり出て行ったりして ここで最期を迎える人もいる。 自宅であっても公園であっても病院であっても。  でも、滑稽極まりないのだけど 下らない米1粒にも値しない称号は 「階段」で死ぬ事だけは許されない。  カラスでも、猫でも、人間でも。 例外になっているのは、昆虫くらいだと思う。  景観を損なうから文化的に死ぬな。 死も抗えない文化だ。 どうでもいい論議の決着を待つことも 興味を抱く事も誰もしない街。 今日だけが今日で、明日は明日。  街を分断する大きな階段だけが 立体感を持っている。 これがこの話の全てであり、決着でもある。  毎日がゼンマイを巻くように繰り返すが この汚れたシャツが街中に、階段から見上げる 窓から窓へ張巡らされた、蜘蛛の巣のような 縦横無尽のヒモに吊るされていく、 祭りのような真っ白な一日。  バタバタと音が小波のように翻る。 明日は皆、出かける。だから今日は。  洗濯屋は忙しいので、猫の手も借りたい位だから。 この街では、ものほし祭りと呼んでいる。 信仰もなにもない。  でも、大昔にこの階段の頂上にある公園には まだ人間が住み着く前に、大きな楠があったらしい。 いわゆる精霊か神様か、そういうのが居たらしい。 よく解らないままに斬り倒されたとも言われてる。  それで、公園の掘っ立て小屋は作られたとも言われてる。 公園の掃除用具入れであり、管理小屋だったのだけれど いまはもう誰も居ない。誰も掃除もしない。  でも、最近の公園は奇麗だ。 少女が深夜に掃除している姿を見たという人もいる。  そんな不明瞭な現実とは無関係に 明確なのに由来も曖昧な洗濯日和は続いている。  街の景観なんか知った事か。 住んでるのは紛れも無く私たちなのだ。 頂上にいるかもしれない少女だってそうかもしれない。  どうしようもない事だから。 ただ洗濯物を干しているだけだ。
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