第1章

5/5
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
「ここはおまえの縄張りだ。引継ぎはしない。」 【隣のマロン】はヒゲを舐めてから続けた。 『あなたの探偵さんね。』 「おい、俺が探偵だ。あいつは助手だ。」 『あんまり見当違いの方向ばかり探すからついつい。』 「聞けよ。っていうか、ついつい……か?」 『だってあのポスター見たのは、ついつい。だから。』 「当日の夜は月光に惹かれてついつい。か?」 『うん……。ついつい勝手に家を抜け出て、白い車だったかな。 憶えてないや。そのまま道路から河川敷まで跳ね飛ばされて、 足動かないから、這ってでも水を飲もうって。で、それっきり。』 「でも、似てもにつかないポスターを見て俺の所へ来た。 早く見つけて欲しかった。それ以外に何か理由があるのか?」 『ない。』 「そういうのは【野良】にはない考えだ。勝手なついついだな。」 『あなたの助手さん?今朝、私を見つけて 傷口を奇麗にしてくれて、血も全部洗ってくれて 折れちゃった所も、タオルケット上手に隠して、 包んでくれながら、ずっとずっと泣きっぱなし。 迎えに来たミカちゃんも、ずっとずっと泣きっぱなし。 ……人間って変だね。』 「【隣のマロン】のお嬢さん。あんたも涙を拭け。変な猫だ。」 『……うん。なんで人間は……手を合わせるの?』 「知らん。猫に訊くな。何度目かは知らんがいつか解るかもな。」 『うん、もう行かなくちゃ。【オプ】。』 「なんだ?」 『ありがとう。』 「仕事だからな。またな。間違ってもネズミにはなるな。」 『クスクス。わかった。またね……。』 【隣のマロン】も銀色の光の粒になって消えた。 月へ行ったのだろう。  兎も犬も猫も人間だって皆、月へ行くそうだ。 その光だけが次へ残る光なのだと聞いた。 皆、太陽に生き、月で次へ生きる。  感傷的じゃなくても、俺らだって死に尊厳は持っている。  マロンもミカと母親に連れられて帰った。 河川敷に、俺と相棒だけが残った。  犬や猫は人間に近すぎる。 土に自然と還る事も出来なくなった。 自然に還れない死なんて無意味だ。 それでも月光は平等に照らすのだ。 尊厳は失われない。  さて。  ハードボイルドにワイルドに決めないといけニャい。 さっさと次の仕事へいくぞ。ついてこい! 俺は相棒の背中にネコパンチを食らわしてやった。 仕事のご依頼は随時受付中。 (手付けは煮干。成功報酬はアジのひらき。)
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!